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生温い話ばかりです…
2024.12.04,Wed
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2011.02.13,Sun

 柔らかいベッドで目覚めるのは久しぶりで、真田は一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。灯りは全て消されているらしく辺りは暗く、窓の向こうだけがぼんやりと明るくなりはじめていた。
 朝が来ているのだ。
 そう気付いて真田は慌ててベッドから飛び起きた。
「ん…」
 隣りに眠っていた幸村の上げる小さな寝息で、下り立ったばかりの真田は再び飛び上がりそうになった。そうだここは幸村が割り当てられた宿舎だった。
 高く飛びそうだった真田の体を押しとどめたのは、幸村を起こしてはならないというその一点だ。早鐘のように打ち鳴らされる心臓の辺りを押さえながらうかがうと、幸村は健やかに眠っていた。
 ベッドが小さすぎて落ちそうだと部屋に入ったときの第一声でそういった幸村だったが、そこまでひどい寝相ということもない。ついでに言えばベッドも狭いというほどの小ささでもなかった。少なくとも平均より抜きん出た体格の真田と幸村が眠っていられる程度には広い。
 掛け布団から出ている手足はそっと中へ戻して、真田はやっと息を吐いた。昨日の今日でまだ記憶生々しいこのときに、幸村の体温や匂いを間近で感じるのはすこし恐ろしかった。抱かれることに真田はまだ馴れていなかった。
 昨夜は浴室でのあと、ベッドでも幸村に抱かれた。浴室でゴムを使わずにしたからと中に吐き出されたのを掻き出されて、ぐったりとした真田を軽々と抱え上げた幸村の腕力は今更驚きには値しないが。
 人形のようにきれいで、神様のように強い幸村が、真田を何度も求めてきたことのほうが真田には余程驚きだった。何度繰り返してもその驚きは消えない。
「…ゆきむら」
 唇の動きだけで名前を呼んで、真田はその額にかかる髪をどかしてやった。柔らかい髪の感触が指の先に残って、真田はすこしだけ躊躇する。
 それでも戻らないわけにはいかなかった。
 帰ることを伝えないままいくは心苦しかったが、寝ている幸村を起こすのも申し訳ない。手早く身支度を整えると真田は幸村の部屋から出ようとした。
「戻るの?」
 名残惜しく幸村を見詰めていた視線を引き剥がし背を向けたところで、不意に背中からそう声がかかった。振り返るといつ起きたのか、幸村がベッドの上に身を起こしている。
「起こしてしまったか」
「いいや。いつもこれくらいに起きちゃうんだよ。朝練があるときは先に水をやらいないといけないから」
「ああ、そうか」
 幸村が入院していた数ヶ月を除いて、真田が幸村より早く部室へ辿り着けたことなど数えるほどしかなかった。彼の庭は本当に見事なもので、それが幸村が休まず手を加えているからだと知っているから真田は素直に頷いた。
 こちらにいる間は妹に頼んでいるのだと、真田の訊かないことまで幸村は口にして前髪をかき上げた。そしてふとなにかに気付いたように瞬きをする。
「さっき俺に触っただろう、真田」
「…やはり起こしてしまったのか」
「いや」
 項垂れた真田の視界で、幸村は薄く困ったように淡い笑みを口元へ浮かべた。朝の光りがゆっくりと差し込みはじめて、すこしだけ明るくなった部屋の中で辛うじて見て取れるような笑顔だ。
 真田はまばたきを何度かして幸村のその笑顔の理由を探した。
「お前の匂いを嗅いだ気がしたんだよ。夢の中で」
「ほう、夢か」
「そう。どんな夢かは言わないけどね」
 ちょっと勿体なかった。幸村の薄い笑顔に不穏なものを感じ取って、真田は慌てて首を振った。朝になんて不埒なことを自分は考えているのだろうか。
「…もう行かなくては」
 背を向けてそういった真田に、結局ベッドから下りなかった幸村が声を投げた。
「またすぐ戻ってくるんだから、見送りはしないよ」
「無論だ」
 大きく一つ頷いて、真田は今度こそ本当に幸村の部屋の戸を閉めた。




*おまけ*


 宿舎はまだ眠っている者が多いのだろう、しんと静まりかえっていた。素早く建物から出て、来るときと同じに裏手から森の中へと真田は足を踏み入れる。
 ここまでは誰にも会わずに来られたが、問題はこのあとだった。森自体の広さは人工的に手を加えられたこともあってさほどのものでもない。だがまだこの時刻では、あの犬達が放されたままだろうことが問題だった。
 来るときのように幸村がいるわけではない。慎重にといくら心がけても犬の嗅覚に捕まらない方法もなかった。
「む」
 全くあっさりと、真田は犬に見付かってしまった。それも前からやってきた犬と正面から向かい合い、真田は逼迫した。来た道を戻るわけにはいかない以上、進むか木々の中へ逃げ込むかの二つに一つだ。
 だが細い木の間を走って真田が犬に勝てる理屈もなかった。すぐに追いつかれてしまうのがオチだ。結局真田には前に進む以外の道はない。
 そろそろと足を進め犬との距離を詰めた真田に、最初犬は敵意と犬歯をむき出しにして唸っていた。犬に苦手意識を持たない真田でも恐ろしく思えるのだから、すこしでも苦手な者にとってはたまらない恐怖だろう。逃げ出しそうになる足を叱咤し、いつでも飛び退けるような体勢で真田は近づき続けた。その内どうしたことか犬が表情を変えた。
 笑ったり泣いたりするわけではないのだから表情というのもおかしいかも知れなかったが、すくなくとも真田にはそう思えた。むき出しにしていた歯茎と犬歯をしまい眉間に寄せていた皺を引っ込め、最後には唸り声までおさめた犬は、真田が横を通りすぎるまで大人しく気を付けの姿勢で座っていた。
 ちいさく鼻を鳴らして見せる様子に、真田も憶えがあった。幸村だ。
「……匂いでもするのか?」
 首を傾げ自分の掌やシャツを引いて鼻先へ持ってきてみたが、真田にはなにも感じられない。首を傾げながら、犬に見守られ真田は当座の宿舎へ戻っていった。
 宿舎といってもこちらは簡素な山小屋とあとは洞窟に寝袋を持ち込んでの野宿しかない崖の上は、さすがに既に起き出している者が多かった。いかにも早朝自主トレの帰りであるような顔をして紛れ込もうとしたが、すぐにぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる者につかまった。遠山だ。
「ゴリラのおっちゃんから、なんやおっとろしいにおいがするでー!! こわい!!!」
「なんだそれは!」
 既にゴリラ呼ばわりされることに言い返すことをやめていた真田だったが、恐ろしいだのなんだの言われる筋合いはないはずだった。目を剥いて怒鳴りつけると、いつもならわあわあと何事か言い返してくる遠山が小さくなって震え出す。
 その反応の奇妙さに首を傾げたのは真田ばかりではなかった。
「うちの金ちゃんになにしはるんですか、真田さん」
「そうよー真田くんてば!」
「浮気!? 浮気か!?」
 早朝から元気がいいことに、テンションの高い声がわらわらと寄ってきて遠山を守るように立つ。これではまるで真田が悪者だ。憮然としながら真田は違うと口を開きかけて気付いた。
 遠山の反応は、さっき見た犬によく似ていた。犬と比較するなど失礼な話だが、犬並みの嗅覚と言えばいいだろうか。忍足の背中に怯えたように張り付く様子は、犬のそれよりはるかに切羽詰まった怯えだったが。
 理由はたった一つだった。
「精市の残り香だな」
「…………蓮二」
 真田があえて口にしなかった言葉をあっさりと口走った蓮二は、はたして今までどこにいたのか真田の背後から出てくるなりその肩をぽんとひとつ叩いた。



end

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