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生温い話ばかりです…
2024.11.22,Fri
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2012.03.05,Mon



 幸村の誕生日の朝は、休日だというのにテニス部の練習があった。学校がある日のように早朝からではなかったが、朝食を食べてすぐに出なければならない時間からだ。
 いつもよりゆっくりと歩く真田に合わせて歩かなくてはならないから、出る時間もすこし早めにした。
 今は部長や副部長の肩書きは赤也達下級生へ譲っているから、すこしくらい遅れたところで問題はないはずだ。部室の鍵も一つを除いて赤也達に譲り渡している。
「そういうわけにはいかん」
 幸村の言葉に真田は大きく横に首を振った。慌てて駆け出すような素振りを見せたものの、十メートルと行かない内に足を止め背を丸めてしまう。しゃがみ込まないのは真田のなけなしのプライドだろう。
 足取りを変えないまますぐに追い付いた幸村は、小さく慰めるように真田の肩を叩いた。そのまま腕を撫で手首をすべり、真田の手の中にするりと自分の指を差し込み手を繋ぐ。恋人同士がするように指を絡めて掌と掌をぺたりと合わせた。
 当然だ、真田は幸村のものになったのだから。今日から、いや昨日から真田は幸村のものだった。
「な、なにをするのだ!」
「勝手に先へ行かないようにだよ。俺を置いていくなんてひどいじゃないか」
「む…いやそんなつもりは……」
 語尾を小さくしながら俯いた真田は、そらしたばかりの視線の先でちらちらと繋いだ手に目をやっていた。気になって仕方ないのだろう。真田は幸村が好きなのだから。
 何度言葉をかけても、真田ははっきりとした拒絶を見せることはなかった。真田の性格を考えればおかしな話だ。
 白黒とはっきりとした結論を真田は求める男だった。それがどんな複雑なことでも、真田の手に掛かれば単純な二極に落ち着く。勧善懲悪なんて物語の世界の中だけだということに、真田はまだ気付いていない。
 その真田が、向けられた好意を受け入れられないとどうして言えないのだ。簡単なことだろう。真田の中に応える気持ちがなければ、簡単なはずだ。幸村は無駄な期待をしない男だったが、簡単に絶望し見切りを付け諦められる人間でもなかった。生死を問われそれでもほしいものは全部ほしいと叫ぶ。
 真田が迷っているなら、その迷いをなくしてしまえばいいだけだった。どんなくだらない言葉だって、突き落とされるのを待っている真田は簡単に頷くに違いなかった。
 それでも嫁においでなんて言葉に真田が簡単に落ちると本気で思っていたわけではない。もしかして真田は馬鹿なのかとも思ったけれど、違う。いやきっとそれもあるだろうけれど、真田は結局幸村が好きなのだ。
 好きで好きでたまらないから、幸村のものになれると知ってすぐに飛びついてきた。こどもの遊びを口約束にして、本当に絆されてしまうなんてきっと真田以外ないだろう。
「来週には、俺が真田の家に行くよ。ウェアのお礼もしたいし」
「うむ。皆喜ぶだろう」
 真田が嫁に来るなんて、真田の他に誰も本気にしてなどいなかった。幼なじみが遊びに来ると、その程度の意味でしかみな考えていない。
 病気をしてから幸村は自分の感情も欲求もほとんど隠すことをしなくなった。弱っているあいだの人間に取り繕える部分などほんのわずかだ。他の大部分は全て見えてしまっていたのだから、今更なにを隠しても意味はない。
 それでも両親が幸村に何も言わないのは、彼らが幸村を愛してくれているからだった。死んでしまうより幼なじみの男を嫁に貰う方がずっとずっとましだからだ。
「好きだよ、真田」
 日々生きていくだけでこんなにも惜しい気持ちになると、幸村はもう知っていた。だからなにも隠さないし惜しんだりもしない。真田を好きだと毎日でも毎時間でも隣りにいる限りずっと言うつもりだった。そのために、真田を手放すわけにはいかない。
 まだ何もいわない、ただ顔を赤くして俯く真田の手を、幸村は強く握りしめた。今まで生きてきていちばんほしかったものを手に入れたのだ。


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