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生温い話ばかりです…
2024.12.04,Wed
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2009.06.05,Fri
※真誕話です。


 相談があると言われて、柳は軽く眉を寄せた。
 そう言った真田が持ち込む話題にはロクなものがない。ましてやここがどこか、真田は分かっていてそう言っているのだろうか。
 現在立海大附属中学は昼休みにあたっていた。私立であるこの学校に給食はない。購買で買うか学食を利用するか、或いは自宅から持ってくるかの三択になる。もう一つ食べないという選択肢もあったが、健康なスポーツ少年であるところの彼等にその選択肢はなかった。
 期せずして柳のクラスに集まった四人それぞれの前には、量の違いこそあれ昼食と呼ばれるものが並べられていた。前後左右のクラスメートに一言いって四角く集められた机を囲む形で、自席に腰を下ろした柳から時計回りに丸井真田桑原が座り昼食を取り出している。弁当箱を出しているのは四人とも同じだがその形状はまちまちで、丸井に至ってはそれだけでは足りないとばかりにコンビニの白い袋もある。
 教室の違う彼等が柳の前に揃ったのは偶然に過ぎなかった。思い出したように相談があると言った真田はどう言うつもりか知らないが。
 柳は一瞥したきり真田から目を逸らした。弁当を包んだハンカチを解き、弁当箱に手をかける。
「相談があるのだ、蓮二」
 密封式の蓋を剥がし、いくらか湿気を含んだ白米とそろそろ初夏の陽気になりつつある日中に配慮して味付けの濃くされた煮付けが現われたところで真田が再び声を上げる。今度は若干大きさを増しているようだ。柳は眉を寄せたままそっと弁当の蓋を置いて真田を見た。
 既にひとつめのサンドイッチを半分ほど飲み込んでいる丸井と、まだ蓋に手をかけただけの桑原も同じように真田を見詰めている。注目されることに馴れている真田は、その他柳のクラスメート達から投げられる視線にもびくともしない。
「お前の知恵を借りたい」
 ひとにものを頼む態度では到底ありえない尊大な物言いに、しかし柳は腹を立てることはしない。真田の喋り方をいちいち取り上げ文句を言い躾直すのは柳の役目ではなかった。いや本来その役を担う幸村は、真田のその時代錯誤で傲岸不遜な喋り方を面白がるばかりで特別どうしようともしていなかったが。
 その幸村もここにはいない。彼はもう何ヶ月も入退院を繰り返しまともに登校してきてはいなかった。
 詳しい病状や病名は、聞かされたところで柳達にどうこうできるものではない。難病とだけは聞いていた。決して治らないわけではない。それだけで待つ理由としては充分だった。
 しかしこんなとき、幸村がいたらと思わないときはなかった。きっと精市ならば、弦一郎の不穏な言動から続きを察し笑顔で封じ込めてくれるのではないかと。
「幸村のことなのだ」
 柳は頭を抱えようとした。こと幸村精市に関わる限りで尽きることのない真田の妄言は、幸村自身も防波堤になりはしない。彼がいようといまいと付き合わなくてはならないことには変わりなかった日々を、都合よく柳の脳は忘れていただけだった。
 他人事のように同情の眼差しが丸井と桑原から寄せられる。
「先日、俺の誕生日に見舞ったときなのだ」
 疲労の色のうかがえる柳からの眼差しも、同情から転じた非難がましい丸井と桑原の視線にも頓着することなく、真田は口を開いた。


 真田が言うにはこうだ。
 過日二十一日自身の誕生日、真田は幸村を見舞った。真田自身は自分の誕生日など全く意識していなかったが、幸村は違ったらしい。
 現われた真田に対して、とても悲しそうな表情をして見せたのだという。美しい白い顔を涙で彩ったような幸村に、真田は驚き狼狽えどうしていいか分らなかったそうだ。ついでに今ここで押し倒してしまえたらとも考え、すぐにいや幸村は病人なのだからと改めたと真田は言ったが柳は聞かなかったことにした。
「すまない、真田」
 ベッドの傍へパイプ椅子を運んできた真田が腰掛けるなり、幸村が口にしたのは謝罪だった。
 驚いて目を見開き幸村を見た真田に、悲しげな顔にそれでも小さな笑みを浮かべ幸村は言葉を続けた。
「今日はお前の誕生日だというのに、俺はなんの準備もできなかったよ」
「それがなんだというのだ」
「慰めてくれなくてもいいさ」
 とりつく島もないというのはこういうときに言うのだろう。幸村は決めつけるようにそう言って目を伏せてしまった。
 真田は困った。
 誕生日など本当にどうでもいいのだ。病身の幸村に面倒をかけたくなかったし、ましてや悲しい顔などしてほしくない。
 ああどうして自分は今日という日に生まれてしまったのだ! などと真田が無理のある怒りを神にぶつけている脇で、幸村がそっと顔を上げる。
 その眦に光るものが見えた気がして、真田の心拍数は一気に跳ね上がった。
「そうだ真田、なんの準備もできなかったからこれしかないんだが…いいかな?」
「う、うむ」
 背を屈め肩を寄せ、首を伸ばし幸村が顔を近付けてくる。薄い幸村の体臭の中に、以前なら感じなかった薬品めいた匂いを感じ取って瞬間真田は息を詰めた。
 入院する前の幸村の体からは、彼が育てる花の匂いしか感じられなかった。今の幸村にそれは殆どない。病室にも、世話ができないからと幸村は殆ど植物の類は置いていなかった。一度だけ真田も持ってきたことがあったが、そう言われてそのまま持ち帰った。
 だから薬品臭の他に、甘い匂いを真田が嗅いだのはきっと気の所為に違いない。それとも幸村の肌にはもともとそんな匂いが染みついているのだろうか。
 近すぎる幸村の瞳に奥底まで覗き込まれるような心地を味わいながら、真田はそんなことを思った。
「誕生日プレゼント、俺でいいかな? 真田」
 続けて幸村が言った言葉は、その所為か理解するまでかなりの時間が必要だった。ひたりと頬に白い指の感触を受けて、次に唇にやわやわとしたものが触れる。
 なにが起こっているのかと、気付いた瞬間には全てが終わっていた。
「受け取ってくれて嬉しいよ、真田」
 まるで花が咲くように、すぐ目の前で笑う幸村がそこにはいた。


「…幸村くん暇なんだねぃ」
 ずずと500mlのパックに入ったコーヒー牛乳をストローで飲み干しながら丸井が呟く。丸井の正面に、柳にとっては右手側に位置する桑原が無言で頷くが真田は気付かない。
「うむ。幸村は退屈しているのだと思う。狭い病室にいなくてはならないのだから当然だ。だが幸村がああ言ってくれたことは事実だ。
 俺はその言葉を叶えてやらなくてはならない」
 目線の位置で拳を固めた真田の、その拳をとりあえず机の上に下ろし柳はそれでと問い掛けた。
 それで何がしたいのか何をするつもりなのか、そういえば相談があるなどと言っていたがここまでのどこでかそれともまだあるのか。それら全てをひっくるめて柳は問い掛けたつもりだった。
「それでとはどういう意味だ? 蓮二」
 しかし真田からの返答は全く明後日の方角からで、柳は長い長いため息を一つ吐きだした。怒る気力も湧かない。
「精市の望みを叶えるとお前は言ったが、具体的にはどうするつもりだ弦一郎」
「おお。それを相談したいのだ、蓮二」
 大きく一つ頷き、真田はいそいそと持ってきた鞄の中からクリアファイルを取り出す。透明なその中には、メディアを通してならば見たことがある紙が入っていた。薄いパラフィン紙だろうか、そう言えば姉の部屋に転がっているのを見たことるある気がした。
 弟とよく似た姉がそれをなんのつもりで取ってあるのか詳しく訊いたことはない。ついでにそれを真田がなんに使うつもりなのかも柳は訊きたくなかった。
「俺としてはまだ早いと思っていたのだが、幸村にああいわれては仕方ないと思い貰ってきたのだ。やはり俺から先に署名した上で幸村に渡した方がいいだろうか? それともこういうものは二人揃って書いた方がいいのだろうか。どう思う、蓮二?」
 うきうきと。
 正しく・うきうき・と表現するのが正しい真田の声と言い表情と言い柳を絶望させるものはなかった。
 ため息を吐く余裕もなく頭を抱え込んだ柳の上を、丸井が吹き出したストローが飛んで桑原の剃り上げられた頭の上を掠めていく。
「うわ、きたねぇ!」
 慌てて体を反らし直撃を避けた桑原の反射神経は素晴らしいものだった。誰一人それを褒め称える者がいないということが残念でならない。
 浮かれた真田は蓮二どう思うと問い掛けたままじっと待っている。輝くばかりの真田には悪いが、多分どちらでも大した違いはないだろう。幸村が言ったのはそういう意味ではない。
 今更こんなものを持っていったところで、及第点は到底貰えないに違いなかった。或いはこんなものと言って、何千枚と幸村はストックしているかのどちらかだ。
 ああ早く幸村が退院してくれないものだろうか。頭を抱えて柳は呻いた。もしくはいっそ、弦一郎ごと入院してくれなかったのか。



先日出した新刊と同時に書いてた所為で、真田がたいへんあほうですいません。
柳さんごめんなさい。
ブンジャブンは基本と思ってください。

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