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生温い話ばかりです…
2024.11.24,Sun
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2013.10.03,Thu

ブン太

 手を差し伸べたかった。手で包み込んで頭を撫でて背中をさすって、よくがんばったねと誉めてやりたかった。
 それはいつも俺がしてもらいたかったことで、幸村くんにしたかったことだ。
 してあげたいしてもらいたいばかりで、実際なにをされたいと幸村くんが思っていたのか俺は知らなかった。神の子と知り合った時点ですでに幸村くんは呼ばれていた。
 立海に入学する前、いくつかの大会で見かけているだけのときにはまだそんな名前じゃあなかった気がする。それまでの短い間になにがあったのか、俺は最初球拾いと基礎トレばかりであまりコートを見ている余裕がなかった。
 気付いたら幸村くんは一年生だというのに部長になっていた。夏休みに入る前だ。全国大会から、真田と柳もレギュラーとして参加していた。
「お前も早く来るんだよ」
 なにのんびりしているんだいと、多分はじめて名前を呼ばれた直後くらいに俺はそう言われた。女の子のようにきれいな顔で、まだ変声期になっていない幸村くんの声は高く、コートの外に立っていた俺をラケットを振って呼んだ。早くというのは俺が次の生け贄という意味でだった。
 コートに立つとき幸村くんはなんにも隠さない。手にしたラケットとボールは正しく相手をすり潰すためにだけ使われた。そうやって目障りな上級生を丁寧に引きずり落として幸村くんはそこに立っているのだ。
 勝つためのテニスに俺はなにひとつ反論しない。俺だってテニスをするとき勝つこと以外考えなかった。幸村くんと違う考えを持ったプレーヤーなんて、それはテニスがしたいわけじゃないだろう。テニスである必要がない。
 だから俺も、勝つつもりでコートに入った。そもそも勝つこと以外を考えてコートに立ったことなんてないからだ。
 向かい合ったとき、幸村くんがくしゃりと顔を歪めたように見えた。あれは笑っていたんだろうか。そのとときの俺にはよく分からなかった。
 コートの幸村くんは圧倒的で大きく強く偉大だ。そんな、子供みたいな顔で笑うなんて想像もつかないだろう。
 こてんぱにやられて五感を奪われベンチの近くに転がされた俺が目を覚ましたのは、仲間が他に何人か増えてからだった。いくつ復活のアイテムがあっても足らない。
 俺はまだぼんやりとした手足の感覚を確かめるように、手の中で手首をこねながらぼんやり考えた。復活したくない奴もいそうだ、隣りで眉間の皺寄せて唸ってるジャッカルのスキンヘッドをぺちりと叩く。早く起きろ。
 コートにはもう誰もいなくて、同じ一年の当番達がネットを片付けたりボールを集めたりしている。同じ一年だからと部長になってからも幸村くんはこういう当番をさぼったことがない。しかし今日は柳がコートの隅っこで目立たないようさぼっている。
 幸村くんや真田にみつかると蹴っ飛ばされるのだが、今日はいないらしい。帰ったのか。俺はため息を吐いた。
 大分体の調子は戻ってきていた。俺がどうして負けたのかは記憶になかったが、負けたことはよく分かっていた。化け物のようだと誰かが言っていた言葉を嘘だとは言わない。
 神様も怪獣も、結局よくわかんない怖いものって点では同じものだ。俺をテニスでぶちのめそうって思ってる幸村くんが、子供みたいに笑っているのを見ていなければ俺も同じだったかもしれない。
 幸村くんとの対戦を、二回目以降は拒むようになる奴も多い中、俺は次のときも呼ばれたらすぐにコートに立った。幸村くんはまたくしゃりと顔を歪めた。
 そのときはもう、それが笑っているのだと俺は分かっていた。
 まだ小学校にも行っていないうちの弟が笑うときみたいに、顔をくしゃくしゃにして幸村くんは笑う。
 そんな長い時間じゃなく、すぐにそれは消えて人でも殺しそうなくらい真剣な顔を幸村くんはした。それはとてもきれいで怖くて、真田の馬鹿が好きになってしまうのも理解できた。
 ああ、真田が幸村くんを好きなことなんて、テニス部の中で知らない奴はいない。俺はそれと違う意味で幸村くんが好きだった。あんな風に笑う顔を、守りたいって思うのは至極当然だろう。
 幸村くんの病気が治るんだったら、何一つ悩むこともなくコートに立てるのなら、そのために俺ができることがあるならなんだったする。
 手を握りたい優しくしたい頭を撫でて頑張ったねて誉めてあげたい。でもどれも俺がしたいことで、そんなことで幸村くんの病気が治るわけじゃない。
 そうでないとはじめて知ったときは歓喜した。俺がすることで、幸村くんの病気が治るのかもしれない。
 それが幸村くんの願いかどうか、それだけは相変わらず分からなかった。

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