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生温い話ばかりです…
2024.11.25,Mon
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2013.06.09,Sun
3


 アメリカから頻繁に帰ってきている越前との試合は、それでもやはり特別なものだ。
 幸村より先にプロ入りした越前のランキングは常に彼よりもすこし上にあって、幸村は時折忌々しいボウヤだと恐ろしいことを笑顔でいう。
 勝敗を同じ程度に分け、数ヶ月に一度対戦する越前との試合が俺にとって特別な意味を持つのは、幸村のこの言葉のせいもあるだろう。俺にも敗北の屈辱を味わわせたことは、昔の話だ。その後何度か対戦し俺は既にその雪辱を晴らしている。
 俺には時折ただの子供と見える越前が、幸村にはどう見えているのか。幸村がはじめて負けた相手だったせいか、幸村にとっての越前は特別に見えた。
 頻繁に連絡を取り合うわけでも、ましてや近所に住んでいるわけでもない越前から試合をしようと誘いがかかると、俺は支度をし東京の彼の家の近くへ出掛ける。明日は幸村との試合が控えていたから、翌日に疲労を残さない午前中が条件だというと越前はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「起こしてくれるならいいよ」
「なにを言っている。寝坊などゆるさん」
「じゃあ迎えに来てよ」
 子供じみた甘えを一喝し、俺は受話器を置いた。しかし結局越前との試合は青学のコートで、俺は越前を叩き起こさねばならなかった。
 プロ入りしてもまだ青学に籍を置く越前ならではだろう、野試合で学校設備を使うのは気が引けたが指定してきたの越前だ。
 待ち合わせた早朝に青学へ向かった俺は、こちらだと言われ裏門へと案内された。眠そうな顔をした越前へ五分の遅刻について説教しながらあとをついて行った俺に、ここをくぐってと越前が指さしたのはフェンスの裂け目だった。
 裏門ではなく正しくはその脇だったというわけだ。ぐるりと学校全体を囲ったフェンスの、そんな場所に入口ができてしまっていることは教師も知らないだろう。
 茂った手入れされていない低木の枝が、うまく隠すように生えているのかそう言う風に寄せられたのか。それらを掻き分けるようにして、越前がここだと指差す。
「早く真田さん」
「…俺にこんなところを通れと」
「大丈夫っすよ、この間タカさんも通ってたし」
「そういうことではない!」
「早く、俺先行くよ」
 見下ろす俺の腰ほどにまで屈んで、越前はあっさりとフェンスの裂け目をくぐり向こう側へ消えた。
 これは所謂不法侵入というやつなのではないか。しかしその困惑は在校生である越前の躊躇いのない行動の前には無力だ。ましてここで騒ぎ立てる気にもならない。
 俺は仕方なしに越前にならい腰を屈めた。
「チビすけめ…」
「なんか言いました真田さん」
 まだ成長期が本格的に訪れていないらしい越前ならまだしも、ラケットバッグを背負った俺がくぐるにはあまりに狭い。細い枝の折れる音を申し訳ない気持ちで聞きながらくぐり抜けようとした最後に、帽子だけ持って行かれてしまった。
 それがまた藪に絡まるように引っかかり難儀する。
「なにやってるんすか」
「やかましい!」
 やっととれた帽子をかぶり直すと、越前が早くと急かしてきた。分かっている。
 数ヶ月前、練習試合で訪れて以来の青学のコートには、休日らしく人の気配がなかった。ポケットから鍵束を取り出し、越前は倉庫からネットやらボールやらを取り出す。俺も手伝ったが、やっと準備が整い試合をはじめた頃にはもう陽は高い位置に来ていた。
 暑くなるという天気予報の通り、夏じみた日差しが肌を焼く。
「サーブちょうだいよ」
「くれてやろう」
 なにか策のあるらしい越前の誘いに乗れば、見慣れた顔で越前が笑う。テニスが心底楽しいと書いてあるかわいげのない笑顔だ。
「真田さん、怖い顔で笑わないでくれます?」
「ふん、たわけが」
 鼻で笑い、選んだコートに入る。ラケットを握りしめネットを挟み対峙すると、あれほど子供じみて見えた越前の体が全く小さく見えなかった。ぞっと肌が粟立つのが心地いい。
 これからはじまる試合と、テニスのことだけが脳裏を占めていく。
 二人がかりで張ったものの弛んでいるネットの傾きだけがわずかに意識を掠めた。

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