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生温い話ばかりです…
2024.11.22,Fri
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2014.10.24,Fri

 薔薇を贈ろう。この季節なら百合もいいとは思うけれど、やはり真田に相応しいのは大輪の赤い薔薇だ。牡丹も似合いそうだったが、生憎幸村は鉢植えで育てる花に詳しくなかった。
凛として誇るように咲く花が、真田には似合うと思っている。毎年この日のために、薔薇園を育てていると言っても言い過ぎではない。
 幸村が好みとするのはもう少し小さな、可憐な花をつける園芸樹だった。けれど真田を思い浮かべると薔薇の花が浮かぶのだ。それも火のような赤や透けるような白い薔薇が真田には相応しかった。彼の苛烈な攻撃性とそのくせ処女のような潔癖さに、信じてしまえばどこまでもついてくる純粋さはやはり薔薇が似合った。
 そう思って育てている花を盛りに切り落とすのに躊躇いはいらない。病院にいるあいだ幸村は切り花を避けていたし、幸村の趣味がガーデニングだと知る者はあえて持ってくることもなかったが、今の幸村に切り花を忌避する理由はなかった。入院している身では思うように世話をしてやれないから、持ってこないでくれと言ってあっただけだ。
 その幸村の言葉を聞いて「さすが幸村は優しいのだな」と真田が口にしたが、それこそ真田らしい言葉だろう。
 ガーデニングはただ草を愛で花を愛するだけの趣味ではない。自分の庭を全て管理し支配するのが目的だ。そのためには間引きや害虫の駆除も行い土の入れ替え水やりとかなりの肉体労働も伴う。そうしたことのできない不都合極まりない体では、切り花ひとつ満足に世話できないからいらないと幸村は言ったのだ。
 手の中に置けないものを幸村は好まなかった。そしてこの手の中で、いちばんに美しく強く愛らしいのは真田だった。
 切り花などなくても、毎日真田が見舞ってくれればそれでいい。幸村がそれを口にしなくても、真田は毎日の見舞いを欠かさなかった。健気な男だ。
 入院している間に幸村の薔薇園は大分痛んでいた。手を尽くしたが枯れてしまったものもいくつかある。家族は、幸村が自分の庭に人の手が入ることを好まないと知っているからそのままにしてくれていたのだ。
 枯れて茶色く変色したものは根から引き抜き、新しい苗を買ってきて植え替えた。手をかければかけただけ薔薇も美しく咲く。植えたばかりの苗はまだ弱々しく小さな花を一つ二つつけただけだったが、他の残っていた薔薇達は真田の誕生日には大輪の花を咲かせてくれた。
 そうなるよう冬の間も手入れを欠かさず、早くについた蕾は間引き真田の誕生日に美しい花が残るようにしたからだ。
 その日の朝、幸村は剪定鋏を手に薔薇園に下りた。朝露を乗せてきらきらと輝く花びらの中から、真田に相応しい美しい薔薇だけを選んで切り落としていく。それほど時間はかからなかったが、満足できるだけの薔薇を手にして幸村は薔薇園をあとにした。残った薔薇は来年に選ばれる日を待つ。あるいは妹が、ままごと遊びに使うかもしれない。
 一抱えほどもある花束を作り、幸村は学校へ向かう支度をした。一日くらいなら花束のまま保つようにしてある。迎えに行って家に届けてやりたいとも思うが、剪定した薔薇の棘を取り花束に揃えるのにいつも以上の手間がかかってしまっていた。
 電車が混み合う時間を考えると、真田の家へ立ち寄るのは難しい。真田と入れ違いになってしまうだろう。真田自身を抱えるように優しい手つきで花束を持って、もう片方の肩にラケットバッグを提げて幸村は学校に向かった。
 背も伸び体格も少女と言えない形になったとはいえ、幸村の顔形は少女じみたところがまだ多分に残っていた。中性的とも言える容姿を持った幸村が一抱えもある薔薇の花束を持って歩いて注目を浴びないはずがなかったが、衆目を集めることに幸村は馴れていた。
 美しく花開いた薔薇の色は赤と白が多く、その香りは馥郁として目眩がするほど濃い。煩わしい視線をやり過ごすには充分だった。
 電車の中で手元の薔薇を覗き込み、幸村はひっそりとほほえんだ。真田が隣りにいるように思えたからだ。
 学校の最寄り駅で電車を降りると、同じく早い時刻に登校してきている者が何人かいる。しかしそこに真田の姿はなく、多分先に学校へ着いているのだろうと幸村は考えた。
 高校に持ち上がってまだ二ヶ月と経っていなかったが、すでに幸村と真田はレギュラーとなっている。早朝の部室やコートの利用も、レギュラー部員の特権だ。
 高等部でも部員の大方は以前の幸村の部長としての振る舞いを知っていて、色々と噂している。幸村もずいぶん丸くなって、それら下らない話が耳に入ってもいちいち腹を立てることもなかった。病を経た結果だとも言える。
 幸村は大切なものがあって、それ以外にかかる手間はとても惜しかった。真田がその最たるなことは、ずいぶん昔から変わりない。
 高等部のまだ見慣れない校舎を抜けて、幸村は部室棟へ向かった。どこからか人の動く気配は聞こえてきていたが、まだ早朝の校内はひっそりと静かなものだった。薔薇を抱え歩く幸村に注目する者もいない。
 軽い足取りで校舎の向こう、部室棟が並ぶ辺りへ来るとすでにコートから打球音が聞こえていた。しかしそちらに真田がいないことを幸村は知っている。
 立海へ入学して一年目と二年目は同じだった。去年は生憎、登校できる状態に幸村がなかった。今年は違う。真田は幸村を待っているだろう。
 真田は素直で従順な男だった。幸村がわざわざそうと口にする必要はない。その予想通り、真田は更衣室にいた。
 着替えを終えジャージ姿になっているのに、手持ち無沙汰に更衣室の前に立っている真田へ、今年入部してきたばかりの部員だけがうろんげな眼差しを向けている。他の者には見慣れた景色だ。
「真田、待たせたね」
「いや大丈夫だ」
 たとえば百年待たせたとしてもそう返ってくるだろう真田の言葉に、幸村は頷き笑みをこぼす。たとえば百年待ち続けたとしても、幸村に笑いかけられれば真田は許してしまうだろう。
 季節に関わりなく被っている黒い帽子をいくらか下ろし、真田はその影からうかがうように幸村を見た。まっすぐに見ればいいものを、真田の羞恥がそれを許さない。
 隠れているくせに強くその意図するところは全く隠さない視線に、幸村は会心の笑みを浮かべ手に提げた薔薇の花束を抱える形に持ち替えた。
 鮮やかな赤と白のコントラストは朝の光の中美しさを振りまいている。真田にこれほど相応しいものはないだろう。
「誕生日、おめでとう真田」
「…うむ。ありがたく頂戴する」
 毎年のことだったが、真田はすこし困ったように目を見開いたあと幸村の手から薔薇の花束を受け取った。その棘で傷つくことがないよう、丁寧に棘は取ってある。けれどどこか恐ろしいような手つきで真田は花束を抱えた。
 薔薇の花はいちばんに相応しい手に渡ったことで、ひときわ美しさを増したように見える。うっとりと目を細め、幸村は真田を見詰めた。爪先から頭の先まで視線で撫でるようにすると、真田が困惑を浮かべて幸村の名を呼ぶ。
「幸村、その」
「ああ、練習に行かないとね」
 名残惜しく頷き答え、最後にもう一度だけ真田の顔から首筋を通って胸の辺りに抱えられた薔薇を撫でまわす。視線にも感触が伴うのか、真田の肩がひくりと震えた。本当に、真田には薔薇がよく似合う。

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