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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2010.05.31,Mon

 練習のあと職員室へ届けものをして、蓮二がふとコートへ足を向けたのは特に理由があってのことではない。
 シーズン中のこの時期、居残り練習ができるのは準レギュラーまでに限られていて、彼等の誰かが残っているのが日常だった。誰が残っているにせよ、いいデータがとれるかもしれないと思っただけだ。
 蓮二の想像した通り夕闇の迫るテニスコートに残っている者はいた。ただし一人だけ。
 一人ではテニスはできない。
「どうした、弦一郎」
 そう声を掛けた蓮二へ、弾かれたように真田は顔を向けた。ありありと浮かんで見える落胆の色を、蓮二は小さく肩をすくめただけでやりすごした。
 真田がこういう顔をするとき、原因は一人しかいない。
「今日は精市と帰るのではなかったのか?」
「…幸村が待っていろと言ったのだ」
 真田の言葉に蓮二は首を傾げた。幸村がと真田はそういったがしかし。
 ジャージを脱ぎユニフォーム姿になっている真田は、その準備万端な体勢でどれくらい待っているのだろうか。
 ああとひとつ蓮二は納得した。だから真田以外の姿がコートにないのか。
 試合となると真田には一切の手加減がなくなる。常勝を掲げるだけあるハードな練習をこなしたあと、加減を知らない真田と試合までしたくないだろう。
 まだ汗のういた真田の額を見る限り、それでも何人かとは対戦したのだろうと察して、蓮二はすこしだけ勿体ないことをした悔いた。内の一人が誰かは容易に想像がつく。
 前途ある新入部員がボロ雑巾のように敗北する姿は胸が痛むが、それ以上に手に入るものも大きかった。叩けば叩くだけ成長する彼は、最近の蓮二の関心事のひとつだ。しかしそれはそれとしてまだ蓮二は首を傾げたままでいた。
 今日は誕生日だというのに、真田はここでなにをしているのか。
「精市が?」
「うむ」
 それ以上を言いたがらない真田だったが、とうの昔から彼等が付き合っていることを聡い蓮二は知っていた。
 彼等のお互いに向ける執着は、出会った一年とすこし前の時点ですぐに気が付いた。その関係が急速な深まりを見せたのは、今年に入ってからだと思う。
 幸村という男は少女じみた顔をしているくせにひどく男らしい人物だった。隠そうとしない彼の態度からなにがあったかを推し量るのは簡単な話だったが、それは蓮二の好むところではない。顔に似合わず繊細な真田が、上機嫌な幸村に隠れるようにして狼狽える様子を黙って眺めるだけにした。
 話がずれたが、その幸村が真田の誕生日という記念日を利用しないはずがなかった。真田のいう言葉が事実なら、幸村はとうの昔に真田を迎えに来ていることだろう。
 沈みこんだ真田に蓮二は首を傾げたまま再度の問い掛けを投げた。放っておいてもよかったのだが、そうできない程度に蓮二は善人だった。
「本当に、精市がそういったのか?」
「うむ。待っていろと言ったのだ」
「そうか」
 頷いた蓮二は立ち去り際、一度部室に戻ってみたらどうだと言ってみた。しかし真田はいやもう少し待つつもりだと首を振るばかりだった。




 真田と別れコートからまっすぐに向かった部室には、まだ灯りがついていた。誰がいるのかと言って答えはひとつしかない。
 一人真田の残ったコートからもこの明るい窓は見えるはずだが、真田がどうしてその可能性に思い至らないのか蓮二には分からなかった。
「入るぞ」
「どうぞ」
 二つノックをした上で一応の礼儀で扉を開く前に投げた言葉に、帰ってきたのは予想通りの声だった。
 扉を開くとパイプ椅子の背を抱えるようにした幸村と正面から向き合う形になる。待ち伏せというのが正しい体勢だろう。ぐるりと首を巡らせてから一人かと蓮二がといかけると幸村は軽く肩をすくめた。
 そんな仕草も絵になる男だった。
「さっきまで赤也がその辺に転がってたけどね。さっき出てったばかりだから、まだどっかに行き倒れてるんじゃない?」
「校門まで辿り着けてない可能性100%だな」
「へえ」
 そうなんだと気のない返事をした幸村に、蓮二はすこしのあいだ躊躇った。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴り殺されるという故事を知らないわけではない。だがこのまま陽が暮れても多分幸村が迎えにいくまで忠犬よろしく待ち続ける真田を思うと、さすがに蓮二も胸が痛んだ。
 あの場で蓮二がなにを言おうと真田は聞き入れなかったが、幸村自ら赴けば速やかに前言を翻すだろう。テニスコートで待てなどと幸村は言っていない確率は計算する必要もなかった。
「弦一郎のことだが」
「どうせコートにいたんだろ。やる気満々で」
「知っているのか」
 すこしだけ声を高めて咎めるような響きを乗せた蓮二に、幸村はあきれたように眉をひそめた。
「俺があいつのことで、知らないことなんかあるわけないだろ」
 一体どこからくる自信なのか、そう言い切った幸村の前で蓮二はしばらく黙り込む。大方赤也辺りから聞き及んだのだろうと遅まきな理解はやってくるが、やはり解せないのはそれで何故幸村がここにいるかだ。
 折角の誕生日だ、優しくしてやってもいいだろうに。
「言っとくけど、俺はずいぶん優しいからな!」
「そうだろうな」
 まるで蓮二の頭の中を読んだように声を荒げた幸村を、今度は蓮二が立て板に流れる水のような返事を返す番だった。
 蓮二の言葉にぷと頬をふくらませる様子は年相応に可愛らしかったが、どうせ次に幸村の口から出てくる言葉がロクなものでないことを蓮二は経験上よく知っていた。それではとても可愛いなどと言えるものではない。
「ちゃんと誕生日プレゼントだって準備してあったさ。真田が欲しいものなんて、分かりきってるだろ」
「ほう」
「俺だよ俺! プレゼントが俺だなんて言うサプライズ!! 最高だろ!?」
「……」
 否定はしないが同意もしかねる幸村の言葉に、蓮二は無言を貫いた。沈黙は金。いい言葉だった。
 黙った蓮二の気持ちをどう汲んだのか、口を尖らせた幸村がいくらか声のトーンと肩を落とす。不満げな視線が足下を漂いはじめた。
「なのに真田は、いつまで経ってもコートから戻ってこないし。どうせ、俺が待ってろて言った! とか言ってたんだろ?」
「ああ。大方お前は、練習が終わったら渡したいものがあると言ったのだろう」
「ついでに、お前がいちばん欲しいものを用意してきたとも言ったさ俺は!」
 予想を上回る幸村の直球ぶりに、額を押さえ蓮二は深い溜め息を吐いた。それで誤解をする真田はどうかしていたが、そうなることははじめから分かっていたことではないのだろうか。真田は、そう言う男だった。
 ため息を吐きだしたのは幸村も同じだった。立ち上がり次いで壁に立てかけてあったラケットを手に取る。蓮二は小さく瞬きをして、部室から出て行こうとする幸村を見た。
「行くのか?」
「行くよ。真田が待ってるしね」
 誕生日だから仕方ないと嘯く幸村は、部室の扉に手をかける直前蓮二を振り返った。
 それと指差した幸村につられ、美しい笑顔から部室の奥へと目を転じた蓮二の耳に、部室の戸が開かれる音と幸村の声が流れ込んでくる。
「使うなら使っていいよ。今日は使えそうにないから」
 自分が見ているものに軽い衝撃を受けている内に、蓮二の後ろで開かれた扉は閉じた。遠くコートから幸村の姿を認めたのだろう、扉越しだというのに真田の雷のような大声が聞こえる。最後まで言いきらない内にその声が途切れたのは、幸村がなにか言ったのだろう。
 幸村の声は小さすぎて、部室の中にいる蓮二の耳には聞こえなかった。聞こえたところであまり意味はなかったが。それくらいの衝撃を、蓮二は受けていた。
 テニス部の部室とコンドームは、あまりに不似合いだった。真田なら泣いて逃げ出すかも知れない。赤也は、これに気付かなかったのだろうか。そうだとするなら、その穢れのなさが蓮二にはいっそ羨ましいくらいだった。
 最後に見た綺麗な笑顔が、蓮二の脳裏で揺れていた。あんな綺麗な顔をしてと思う自分が蓮二は嫌だった。
 薄いゴムの隣りに置かれた小さなプラスチックボトルが潤滑剤の類だと気付いたが、それ以上なにも考えたくなかった。




幸村さんもはじめてなので、色々準備して待ってたのに!という話です。
勿論このあと、真田は(テニスで)ぼこぼこにされます。そんな誕生日。

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