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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2010.08.21,Sat


 幸村が真田と共に立海へ入学した日、彼はひとつの誓いを幸村に向かって立てた。
 幸村に向かって。おかしな話だ。幸村は神でもなんでもないと言うのに。しかし真田にとって幸村は神だったのかも知れない。少なくともこの時点までは、真田は幸村を神と思っていたのかも知れない。
「決して負けない」
 自分は勿論のこと立海も決して負けてはならない。真田はそう言った。いよいよ一緒に天下を獲るときだ。
「三年間無敗でいけるといいね」
 幸村はまだ幼さの残る頬に笑みを浮かべ真田を見た。
 りんごのように紅潮した頬をてからせて、真田は、いいねではない、するのだ! と言い放った。
 なんて傲慢な物言いだろう。一体どこから、その自信は来るのか。
 首を傾げた幸村の前で、胸をそらし鼻をふくらませて真田はどうしてそんな事も分からないのだと言いたげな表情を見せた。分かるわけがないだろう。
 入学式の前、どうしてもと言うから真田に付き合った所為で、幸村は試合中と同じくヘアバンドをつけたままだった。その額にかける為すこし浮いた前髪が風に揺れる。花びらののった風が吹く。
「幸村がいれば、お前がいればなんでもできるからだ」
 真実そう思っているのだろう。真田の黒い瞳にはなんの迷いもなかった。どうしてそこまで自分を信じられるのか、幸村には分からない。
 幸村にとって真田は、数少ない、ほんの一握りしかいない、手加減せずにテニスのできる相手だった。拮抗しているわけではない。真田と幸村との間には、天と地ほどの開きがある。真田は決して、幸村には勝てない。
 それでも真田は、倦むことを知らない人間だった。大抵の者が幸村に敗北し、そして二度と幸村と戦うことを望まない。彼等はみな幸村から離れていった。
 幸村が真田を選ばなくても、真田しか残っている者はいなかった。だからそれは、ひどく当然の成り行きだった。
 真田が自分を神と慕うなら、神になるのは構わなかった。




 幸村との試合は、真田を打ちのめした。
 まさしく言葉通りだ。真田は散々に打ちのめされ、腹や頬や四肢のいたるところに打球の痕跡が残っていた。
 記憶にない場所の方が多い。幸村のテニスがはじまり、真田が五感を奪われたあと、幸村は決して手を緩めることがなかったということだ。
 コートで跳ねる打球に、その振動に気付けたとしても決して反応の間に合わない、つまりは正面でバウンドする球ばかりを幸村が打ってきた証拠だった。真田でもそうするだろう。
 鈍い痛みに呻きながら真田は幸村との試合を振り返った。相変わらず幸村は強く高く、遠かった。それをいつから、真田が耐えがたく感じるようになったのか分からない。
 気が付いたときには、真田は幸村に勝ちたかった。ずっとそうだったように思う。幸村に会う前からかと聞かれれば分からない。そんな事は憶えていない。
 ただ今回も、それは叶わなかったというだけだった。
「あんさん」
 隣りのベッドに腰掛け包帯を巻いていた仁王が自分を呼んでいると思しい声が遠く聞こえた。まだ耳がすこし遠い。音はどれも遠く、薄紙か布きれを挟んだようにくぐもっていた。
 目を向けると仁王が指で指し示す。視覚は試合の終わり頃にはもう大分回復していた。
「さなだ」
 肩にジャージを羽織り、部屋の中へ入ってきた幸村を追い掛けるように秋の終わりの陽が差し込む。
 鮮明さのない聴覚は、どんな音を聞いても古いラジオのような雑音を混ぜていた。それは幸村の声でも変わりなかった。実際幸村がどれほどの大きさの声で真田の名を呼んだのか分からない。
 小さく肩をすくめ、仁王が自分とのベッドの間にあるカーテンを引いた。試合のあとその足で合宿所を出て行こうとした真田を掴まえたのはコーチの一人だった。怪我をしているなら治療してからだと言われた。無用だと真田は言ったつもりだったが上手く言葉にならなかった。それが余計に相手に案じられる結果となった。
 連れてこられた医務室らしき場所には、既に仁王とそれから肌の黒い男が横たわっていた。
 血糊の拭われた仁王の足には、けれどそれに相応しいだけの傷がついていた。眉をしかめた真田の前で仁王が肩をすくめたのが一度目だ。
 二度目の今、仁王がどんな表情を浮かべているのか分からなかった。分かったところでどうにもならない。
「さなだ」
 歩み寄ってきた幸村が、その細い指で真田の頬を覆い掬い上げる。細い指はしかしつい今し方まで真田を痛めつけていた指だった。決して敵わないと思い知らされたばかりの手だった。真田が持つことのできないものを全て持つ腕だ。
 幸村は真田にとって全てに等しい、神のような存在だった。一体いつから、彼に勝ちたいと願ってしまったのか。ただ隣りにあって彼と同じものを目指せばそれだけでいいと、どうして思えなかったのか。
 何度考えても分からなかった。真田は幸村に勝ちたかった。
「何の用だ、幸村」
 聞こえる声に比べると、存外しっかりとした声が喉から出た。そう思うのは真田だけかも知れない。
 ちいさく、幸村は眉をひそめた。
「まだ他の者の試合は続いているのだろう。観ておいて損はあるまい。ここにいてはなにも観られんではないか」
「…ちょっと見たいものがあったんだ」
「ここにか?」
 自分を笑いに来たのかと、出掛けた言葉を真田は飲み込んだ。幸村はそんなことはしない。彼は敗北者を笑うことはない。
 そんな価値もないと、よく知っている。
「うん。でも、無理そうだから戻ることにするよ。
 お大事に、真田。仁王もね」
 幸村は小さく笑い、真田から手を離した。
 遠離る背中を見送りしばらくしてから、隣りのベッドとを遮っていたカーテンが取り払われた。
 顔をのぞかせた仁王が、いつも変わらないからかうような口調で口を開く。
「なんじゃいお前さん、神様でも殺しそうな顔しとる」
 こわいこわい。再びカーテンが引かれ、真田の位置から見えるのは幸村の消えた扉だけになった。
 いつのまにか、遠くテニスボールが跳ねる音が聞こえるようになっていた。



SQ:square:型どおりで柔軟性に欠けること。杓子定規なこと。また、そのさま。「融通のきかない―な人」:大辞泉

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