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生温い話ばかりです…
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2011.02.17,Thu

※今月号のSQネタです。

 雪が降っていた。11月に雪が降ることなど神奈川では滅多にない。久しぶりに戻ってきた場所がそれだけで別のもののように見えて、真田はすこしぼんやりとした。
 目の前には見知った顔が多くあり、内のいくつかは何度かテニスコートで対峙してきた者だ。この三年間で対戦のなかった者の方がこの場では少ないだろう。手塚の姿が見当たらない気もしたが、人波を自然に左右へ開かせ現れた彼の姿にその疑問も遠のく。
「真田、久しぶりだね」
 低く優しい声が真田を呼んで、彼だけは全く雪に濡れていない幸村が真田の前に立った。色違いになってしまったU17のユニフォーム姿ははじめて見るものだ。立海のそれより数段劣るが、よく似合っている。
 雪がその体だけ濡らしていない理由に真田は気付かなかった。幸村ならば当然かと納得しただけで、深く考えることも周囲を振り返ることも真田はしなかったからだ。
「よう柳生、なんやお前、幸村と相合い傘かい」
「幸村くんが傘を持ってきていないというので、差しかけて差し上げているまでですよ」
「にしては大きい傘じゃのう」
「こんなこともあろうかと、幸村くんのために準備してきたものですから
「俺にはないんかのう」
「必要ないでしょう」
「なんじゃ、傘の下でぴったり張り付いてもいいんか」
「君は濡れればいいでしょう」
「どうした真田?」
 真田の脇から近付いてきて仁王と幸村に傘を差し掛けたまま喋る柳生の二人には構わず、幸村は小さく首を傾げて真田を見た。組んだ腕は珍しくジャージに袖を通している。
 こんな幸村を見るのは久しぶりだった。去年はなかったことだ。そう思うと余計に真田はそこから一歩も動けなかった。自ずと動いて人の間に作られた道の中程に立って、幸村もそれ以上動こうとしない。
 真田の横を今度は仁王とは逆方向から人影が過ぎる。
「柳さん! 久しぶりっす!!」
「赤也。調子はどうだ?」
「もち、ばっちりっすよ! あ、四天宝寺の白石さんとすっげー仲良くなって! この合宿終わったら、こっち遊びこないかって誘ってたとこなんす!」
「うん。どうせなら四天宝寺中を招いて、合宿もいいかもしれないな」
「え! マジ!? やったー!!」
「お礼もしなくてはならないしな」
「え?」
「いや、こちらの話だ」
「幸村…すまないが、それ以上俺はお前に近付くことができん」
 柳生の傘を指で押し上げ退かして、幸村は一歩足を進めた。柔らかな癖を持つ幸村の髪に、白い雪は降り落ちてすぐに溶けるように消える。真田は喘ぐように何度も大きく深呼吸をした。
 赤也の頭に手を載せ、さきほど終わったという試合の話にあいづちを打つ柳は、ちらりと真田を見ただけだった。決して幸村を見ようとはしない。まるで叱られるのを恐れて目を合わせないようにしているようだ。
 幸村は柳にちらりと一瞥をくれただけで、すぐに真田へと向き直った。
「俺に近付けないようなことを、お前はしたのかい真田?」
「よおジャッカル! ひっさしぶりー!」
「うわ! おま、また太ってねぇか!?」
「筋肉だよきんにく! でさ、あったばっかりで提案なんだけど」
「ああ、俺もしようと思ってたぜ」
「やっぱ? いやーお前ってやっぱ最高の相棒だぜ!」
「おう!」
「す…すまん幸村…!」
 丸井と桑原が大きく頷き合うなり、手に手をとってゆっくりとその場から立ち去ろうとしたとき、真田の悲鳴じみた声が上がった。一気にこの場の気温が十度近く下がったように感じられる。雪が降るほどの気温なのだから、もしかしたら氷点下か。
 談笑していた立海の他のメンバーは凍り付いたように動かなくなり、真田だけが身を捩るようにして幸村から遠離ろうと後ろ向きに足を伸ばした。
「真田」
 真田が一歩後ろへ下がるより早く、幸村が前へと一歩足を進める。完全に傘に守られる範囲から出てしまった幸村の上にゆっくりと雪が降り落ちてくるが、どうしたことかかすりもしない。
 幸村を避けているようにも見える雪に、他校生は首を傾げるだけだが立海に通う者にとってはそれどころではない。爆心地からできるだけ遠離りたいと思うのは、人間として当然の欲求だ。どうせ被害に遭うにしてもである。
「す…すまん幸村、許してくれ…!」
「ねえ真田、もしかしてお前、俺のことを嫌いにでもなった?」
 唐突な幸村の言葉に、真田が動きを止め弾かれたように幸村を見詰めた。小さく首を傾げどこか寂しげな眼差しで、幸村は真田を見上げている。
 少女めいた線の細い幸村がそうすると、まるで今すぐにでも消えてなくなってしまいそうに儚げだ。そんなことを思うのは、幸村のテニスとひととなりを知らない者だけだが。それをいちばんよく知っているはずの真田は、振り切れそうな勢いで左右へと首を振った。
「ちちちちちがう! 違うぞ幸村!! 俺がお前を嫌うなど、そんなことが起こるわけがなかろう!」
「あんだけボールをぶつけられて、ようそんなことが言えるのう」
「真田くんは丈夫ですから」
「確かに打たれ強いな」
「じゃあどうしてだい? 真田」
 抱き留めるように手を広げ幸村は真田を真っ直ぐに見詰める。
 今すぐにでも飛び込んでこいという男らしさはいいとして、既にここがU17の合宿所だというの事実は幸村の頭から抜け落ちているのか構うほどでもないと無視されているのか。顔を赤くして俯く真田は幸村しか目に映っていないのだろう。
「こ…ここ数日、俺は風呂に入っておらんのだ…」
「そこかよ! 気にするとこ!!」
「うわマジ? ジャッカルくせぇ!」
「柳さんは臭くないっすよ! ていうか俺も一週間くらい風呂はいんねぇことあるし! だいじょうぶっすよ副部長」
「…赤也、あとで話がある」
「え?」
「そんなこと」
 幸村がもう一歩、足を前に進めた。もう手を伸ばせば真田に届く距離で、幸村は立ち止まり唇の形をゆるゆると変えて笑う。
 困ったように眉を寄せたひどく優しい笑みに、真田は呆けたような顔をして逸らしていた目を戻した。真田の眼差しが幸村に戻ってくるのを待って、優しい声で幸村が真田へ喋りかける。
「俺がそんなことを気にするとでも? 真田」
「ゆ…ゆきむら…!」
 あとは声にならなかった。倒れ込むような勢いで真田が幸村に抱きつく。幸村より下手をしたら一回り近く体格のいい真田の体を受け止め、幸村は笑ったまま身動ぎもしなかった。特別力を入れている様子もないというのにと思ったり思わなかったりしながら、見守る立海の部員達がゆっくりとその場から遠離りつつあることに気付いている者は殆どいなかった。いったいなにがそれほど恐ろしいのか。
 真田は相変わらずそれらの動きに全く気付いていない。下手をすると幸村以外見えていないのか。背中に回された幸村の手がゆっくりと持ち上がってやわらかく三回叩く。
「くさくなんかないよ。真田」
「ゆ、ゆきむら…っ!」
「そなことよりもね」
 ぐい。と幸村の肩口へ顔を埋めたばかりの真田を後ろから掴み、幸村は顔を上げさせた。感極まって涙が滲みはじめている真田はただでさえ赤い顔を更に赤くし目を白黒させている。
 髪の毛ごと後頭部をひとつかみにされているのだ、相当に痛いのだろう。そのまま至近距離で、真田は幸村に覗き込まれた。
「なに怪我なんかしてるの、お前」
「い…いや、これは…!」
「俺以外の奴に、なんで傷なんかつけられてるわけ? こんなことならしばらく動けないよう、腕の一本や二本折っておけばよかったね」
 先刻下がったばかりの気温が更に何度か下がる。本州より南の生まれの者達が今にも死にそうな顔をしはじめた。
 後頭部ばかりではなく前から顎も掴まれて揺さぶられている真田も死にそうだ。
「ふ、ふまんっ」
「その上、その片目はなんだい? テニスプレーヤーが目に怪我するなんて、死にたいわけお前は」
「そのほおりだ、ゆひむら!」
「……そう」
 テニスで人殺しができる者ばかりが集まった合宿所で、あまりに不穏な幸村の言葉だったが声はあくまで穏やかだった。真田を掴んでいた手を離した途端、その顎に真っ赤な指の跡が見て取れたが、力を篭めているようには思えなかった。表情もほとんど同じ笑顔のまま、幸村は再び首を傾げ真田を見た。
 こちらは幸村の手が離れたと同時に、その場にうずくまるようにして腰を下ろしていたが。遠山がすこし遠くで尻餅をついたまま動けなくなっているのが見えた。
「じゃうあお望み通りにしてやろうか、真田」
 見えない左目側を狙うなんてスポーツマンシップ的にどうと言う者がいたら、鼻で笑って見せるだろう。テニスは勝ってこそだ。
 もう既に何度目か分からなかったが、それを真田は身を持って知ることになった。



だめじゃん…折角真田帰ってきたのにまたいなくなっちゃうじゃん………

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