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生温い話ばかりです…
2024.05.19,Sun
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2012.03.05,Mon



 幸村の部屋は親が子に与えるものとしては規格外に備えがよかった。洗面所トイレは当然、独立したシャワーブースもある。大きな窓と一人で使うには大きすぎるベッドを置いても、部屋にはまだ空間が大きく残されていた。
 そこにいくつかの観葉植物と勉強机を置く以外、これまで幸村は空いたままにしていた。今日の日のために新しく二脚の椅子と小さなテーブルを部屋に置いた。真田と二人きりで食事を摂るのに必要だったからだ。
 箪笥の類が幸村の部屋にないのは、クローゼットスペースが別に取られているためである。そこから持ってきたままベッドの上や勉強机の上に投げ出されたままの上着や下着があるのはご愛敬だ。それらも昨日の内に幸村は片付けた。
 真田は変なところで繊細で潔癖なところがあり、片付けがなっていないといってはよく部室できいきいと喚いていた。幸村にその矛先が向かうときには、真田に片付けるよう返すのだが、今日という日の最初から真田に喚かれるのも嫌だった。
 大声を上げたあと顔を真っ赤にして掃除をする真田は可愛かったが、別に今日だけしか見られないものでもない。
 抱えてきた真田をベッドの上に下ろすと、ここにくるまでですこしは落ち着いたらしい真田が慌てて居住まいを正した。つかんだまま放さなかった旅行鞄とラケットバッグを慌てて床の上に下ろし、ベッドの上で正座をする。
 マットレスのスプリングのせいで、真田の体はしばらく揺れていた。
「世話になる」
 揺れながら真田はもう一度、深く頭を下げた。
「ふ…不束者ですが………」
 続けてもそもそとなんだか不明瞭な言葉を真田は発した。所謂その手合いのドラマを、真田の母はとても好んでいたし祖父も嫌がらず一緒に観ていた。幼い真田がそこに混じることは、特別珍しい話でも遠い昔でもない。
 ただ幸村には馴染みがないだけで、突然そんなことを言い出した真田をただぼんやりと眺めているばかりだった。


 しばらくして昼食だと母に言われた妹が部屋に来た。ベッドの上で正座をし一人で顔を赤くしている真田を眺めているのが面白く、そんなに時間が経っていることに幸村は気付かなかった。
 夕食は二人きりで、折角の初夜なんだから二人の時間を大切にしたいのは当然だろう、二人きりで過ごすとして、昼食は挨拶がてら皆で食事をしようと幸村は言った。赤い顔のまま真田は頷いた。
 嫁入りしてきて義理の両親に挨拶もしないなんて、おかしな話だろう。食べるなら早くと急かす妹に、そう言えばと幸村は水を向けた。
 背後では真田がのそのそとベッドから下りようとしている。ベッドの上で正座していたせいか、脚が痺れていたらしくそろりと片足づつ床へ下ろしていた。
「真田のことは、今日から義兄さんと呼ぶんだよ」
「…どうして?」
 妹はちいさく可愛らしく首を傾げ、立ち上がったばかりの真田は痺れた足でバランスが取れずベッドへ倒れ込んだ。
「なっ、ゆっゆきむらっ!?」
「だってそうだろう? ああそれとも役割的に義姉さんがいいかい?」
「なっ!!!!!」
 一言言ったきり絶句した真田に代わり、口を開いたのは妹だった。
 兄から見ても可愛らしい顔で、にっこりと笑って曰く
「私のお兄ちゃんはお兄ちゃん一人きりだから、真田さんは今日からお義姉さんね」
「だって。分かった? 真田」
「わからん!!」
 混乱からいち早く立ち返った真田が叫んだところに、妹が再び早くと急かす声を上げた。彼女にとっては真田が義姉でも実の兄の嫁でもどうでもいい話なのだろう。それに両親を待たせるのは悪い。
 幸村も重ねて真田を急かし、部屋をあとにした。


 昼食の席で、真田は再び不束者ですがと口にした。妹よりも両親の反応はよかった。家族に真田が気に入られるのを見て、幸村も嬉しかった。
 もともと幸村家と真田家との関係は良好だったが、花嫁と舅姑になれば違うものだろう。真田が変わらず好かれているのなら幸村も安心だった。
 真田の家での幸村はなんの問題もない。子供の頃から幸村はどこにいっても愛され気に入られたし、それは今でも変わりない。今後変わるとしても、真田がいれば幸村には問題なかった、
 のんびりと時間をかけた昼食を終え部屋に戻ると、真田がいそいそとラケットバッグを開けて準備をしはじめた。幸村の家の庭にはテニスコートが作られているのだ。
 広い家ならではだが、クレイコートで手入れも特にされているわけではないからラインだって使う度引き直さなくてはならない。それでも真田はそのつもりで、幸村に問い掛けけしない内に着替えまで済ませた。
 部活の時と違う私服のテニスウェアは、新しいものらしくこれまで見たことがないものだった。訊けば下ろしたばかりなのだという。
「幸村の所に行くと言ったら、母が準備してくれたのだ」
 どこか嬉しそうに真田がそう言ってそれからと、旅行鞄の中から同じ一揃いを取り出した。こちらはまだ包装されたままで、同じものだと分かったのは紙袋の口を開いてからだったが、真田の母が準備してくれたものなのはすぐに分かった。
 幼い頃から行き来がある真田の家と幸村の家では、それぞれの子供の誕生日も祝ってくれていた。
 真田家からはウェアを貰うことが多く、幸村の両親は試合の観戦へ二人を連れていってくれることが多くあった。真田の誕生日の近くに、国内の大きなテニストーナメントが開かれるせいもあるのだろう。
 今年の幸村のプレゼントは、真田との色違いのウェアだった。
「ありがとう。こんど真田の家に行ったとき、お礼を言わないとね」
「うむ。そうしてくれると母も喜ぶだろう」
 嬉しそうに何度も頷き、真田はそう言った。



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