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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2012.05.20,Sun
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 それは一日前のことだった。
 家族との夕食を終え、日曜日だったその日はすこしのんびりと団欒を過ごし、真田が自室へ引き上げたのは眠る間際の時刻だった。真田が今を出るとき祖父はまだ兄と話していたから、真田を追ってきたのだろう。
「どうかしましたか、お祖父様」
「うむ」
 湯上がりで緩く着付けた浴衣の袂に手を入れ、祖父は一つ頷いたきりすこし沈黙が続く。なんだか照れているような空気に、真田は首を傾げた。お祖父様がもじもじするなんてそんなことがあるのだろうか? 真田はすぐに、その考えを振り払った。ある筈がない。
 内庭に面した濡れ縁で、夜風の気持ちいい場所だったが流石に長居するものではない。直立不動で祖父の言葉を待ちながら、眠さをこらえ真田は意識を余所に向けた。
 明日は真田の誕生日だった。日曜日ということもあって、前日の今日家族には祝ってもらい、テニス部の友人達とは明日の夕方、部活のあと夕食を食べる約束をしてあった。顔は老けているが心は十代の真田だから、当然明日を思いすこし浮かれていた。それを祖父に見抜かれたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「…これは?」
 これをやろうと言って、祖父が差し出したのは簡単な包装のされた紙の包みだった。手に取った感触は柔らかく、包装紙の下は洋服の類だろうと思われた。しかしそれにしては小さいし薄い。
 もっとずっと幼い頃、祖父から帽子を貰ったことを思い出し真田は顔を上げ祖父を見た。流石に現代の成長期、とうに祖父の背を真田は追い越していたが心は常に見上げている。期待に輝く真田の視線の先で、祖父は相変わらずもじもじと、いや照れたように言葉少なに目を逸らして言った。
「明日の誕生日に身に着けられるよう、下ろしてもらったものじゃ」
「ありがとうございます、お祖父様…!」
「いやいや」
 感謝なら母に言えと祖父は額を掻いて、真田に背を向けた。廊下の角を曲がり祖父の背中が見えなくなるまで頭を下げたあと、真田はすこし考えた。
 部屋に戻り、落ち着いてから包みを開くのが礼儀だろう。しかし今あけたい。いま中がどうなっているのか見たかった。祖父の足音が遠離る。
 考えたのはすこしの時間だった。この年頃の子どもらしく、真田には堪え性がなかった。
「こ、これは…!!!」
 包みを開き、最初の真田の口から出たのは驚きだった。まさかそんなこんな。解いた包装は丁寧にたたみ腋の下にはさみ、真田は両手で掲げるようにしたそれをしばらく眺めた。
 そのとき、彼にしてみれば曾祖父からなにを貰ったのかと左助が、今の方角からやってきて顔を覗かせた。しかし祖父からの贈り物を両手に持ち小さく震えている真田を見るなり、足音をひそめもと来た道を戻っていった。
 顔もなにも真田の家の血をよく引いている左助だったが、感性と空気を読む能力は母方のものを受け継いでいた。触らぬ神に祟りなし、踊る阿呆と見る阿呆だったら目を逸らした方がいいときもこの世には沢山転がっている。
 しばらく感激に打ち震えていた真田だったが、ふと気付き慌てて手の中のものをたたみ自室へと引き上げた。明日も早いのだ、こんなところで時間を無為に過ごしている場合ではなかった。たるんどる。真田は自分を叱咤した。
 それに誰かに見られても困る。まさかこの家の中で取られるとも思わないが、左助あたりに強請られるのも厄介だった。兄の子で甥にあたる左助を、真田もずいぶん可愛がっていた。左助がほしいと言えば、勿体ないがあげてしまうかもしれない。
 この場にいない左助に対していささか失礼なことを思いつつ、真田は足早に自室へと引き上げた。部屋に入る際、辺りに誰もいないかどうか確かめるまでしたほどだ。
 布団を敷き寝間着に着替えてから、翌日の支度をする際貰ったばかりのそれを真田は枕元に置いた。明日これを身に着け、新しい自分の出発だ。そう思うと心がはやった。
 天井の灯りを消し床についても胸の高鳴りは消えず、結局いつもよりずっと遅くに真田は眠りに就いた。




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