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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2013.05.20,Mon
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「気持ちが悪いな、お前たちは」
 普段から蓮二の忌憚のない発言には馴れていたつもりだが、その言われようには流石に俺も穏やかではいられなかった。眉を寄せ蓮二を見詰め、どういう意味だと詰め寄る。
「そのままの意味だ。お前たちはなんだ、運命の恋人同士かなにかなのか」
「俺ばかりではなく幸村まで愚弄するつもりか」
「率直な感想だよ。弦一郎、お前は精市に執着が過ぎる」
 否定も肯定もなく、俺は机の上にあった緑茶の器に手を伸ばした。ぬるくなったそれを一息で飲み干す。顔をしかめたのは茶が苦かったからではない。
 幸村は特別な男だった。幼い内から神の子と呼ばれるテニスへの才覚を示し、しかしその運を試すように中学では病に倒れた。一年とかからず幸村は試練に打ち勝ち、そして今やプロテニスプレーヤーとして海外を転戦する日本選手の一人だ。
 憧れ並び立ち勝ちたいと俺が思う、数少ない内の一人だった。高校を卒業するまではという家族の反対もあり、まだ国内にとどまっている俺が幸村と対戦できる機会はそう多くない。
 誕生日という言い訳は、幸村かそれを与えてくれるよい建前でもあった。俺だって馬鹿ではない。忙しい時間を幸村が俺の為に割いてくれているのは理解している。テニスではなく遊びに行こうと誘うこともできたはずだ。
 しかし俺は幸村とテニスがしたかったし、幸村はその俺の我が儘に「誕生日だから」付き合ってくれる。
「幸村は優しい男だ」
「それが本気なら、お前は全くお目出度い」
 いつにもまして、蓮二の言葉には刺が多いように思えた。しかしやり過ごすにも俺はそうできた人間でもない。口を尖らせ蓮二を睨みつける。
「怒ったのか?」
「怒ってない」
「怒ったのか、それはすまない」
「怒ってないといっているだろう!」
「弦一郎、うるさい。本当のことを言われたからといって恥ずかしがるものではない」
「恥ずかしがってなど!」
 怒りに卒倒しそうになって結果、言葉が詰まった俺の前で蓮二が新しい茶を淹れてくれた。
 色がついていればいいという程度の認識しかない蓮二の淹れる茶は、鮮やかな緑色をしている。湯気の立つ湯飲みが前に押し出され、俺は黙って頭を下げた。まだ熱くて飲めるものではない。
「…お前と青学の乾だって、似たようなものではないか」
 毎年、同じ日に対戦していることを俺は知っている。中途まで試合内容は全く同じで、その先は年毎に違っているようだ。それだって決して、健全な友情だとは言い難いだろう。
 他人についてであれば、俺にもそれくらいは分かる。蓮二と乾のそれは、執着と言うに相応しいものだろう。
 しかし俺の反論は、簡単に一蹴された。
「俺達の友情と一緒にするな」
 そういいながらも蓮二は一冊のノートを机に載せ、俺の側へと押し出してくれた。素っ気ない大学ノートの表紙には、今年の俺の誕生日が書かれている。
 この一年の、蓮二がまとめた幸村のデータだ。幸村と対戦する俺の為に、蓮二が準備してくれている。
「すまんな」
「今年はこれが無駄になるかもと思っていたんだがな」
 湯飲みに先に口をつけた蓮二が首を傾げる。色の割に味の薄い緑茶が不思議なのだろう。ノートを手元に引き寄せながら、俺も湯飲みを口に運んだ。
 口に含む頃にはデータを目で追うばかりになって、味など分からなくなっていた。


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