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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2013.06.14,Fri
5

 まだ暗い内に起き出し、俺は日課をこなしてから幸村との試合の準備に取りかかった。
 幸村との試合は、ほかの何かと比べることのできない試合だ。だからこそ、いつも通りに過ごすことを心がけた。
 ジンクスなど信じているわけではないが、その逆特別なことをしたところで幸村には勝てないとよく知っている。神や悪魔に祈っても叶わない願いがあることを、俺はごく幼い頃に理解した。
 だから幸村が病に倒れたとき、俺は何かに祈ったりはしなかった。ただ約束をした。
 そして約束が果たされなくても幸村は治り、いまや世界の頂点を争うプロプレーヤーだ。俺は今でも、幸村に勝てないでいる。
 昨日は結局、越前と手塚の試合の審判役を務めた後と手塚とも試合をした。越前との試合のあととは思えないほど手塚は強く、俺は何度も追い詰められしかしそれを上回る回数手塚を追い詰めた。
 今度の試合も俺が勝ち、その日俺は二勝を上げた。どちらにも負けた越前が不機嫌を隠しもせず、俺か手塚ともう一度試合がしたいというのを宥め帰宅する頃には、夕日は見えなくなっていた。
 日がある内は暑いほどだった空気も、まだ五月だ、日が暮れると途端に冷たくなる。
 俺は肩や腕を冷やさぬよう急いで風呂に入った。念入りにマッサージをし、体の準備を整え食事をし眠りにつく。
 二度の試合の疲労は、翌朝目覚めたときには消えていた。いやたとえ残っていたとしても、俺は気付かないことにした。
 テニスはメンタルスポーツだ。自分自身を信じさせることができれば、それで充分だった。そう言う意味でも、神も悪魔も信じる必要がない。
「やあ」
 約束の場所の最寄り駅で下りると、改札の向こうに幸村が立っていた。もう何年も経つというのに、駅に立つ幸村を見ると心臓がぎゅと絞られたように感じる。
 俺は緊張を手懐け押し殺し幸村へと駆け寄った。
「遅れたか、すまん」
「いや、折角のお前の誕生日だから、待ってた」
 幸村は朗らかに笑い、早く来いと手を振った。改札に繋がった柵のこちら側から、俺は幸村に話しかけていた。慌てて改札を抜ける。
 学校への行き帰りでは通らない駅で、切符を買ったのは久しぶりだった。俺がそれを言えば、電車に乗ったのは久しぶりだったと幸村が返した。世界を転戦する幸村ならばそうだろう。
 なにか困ったことはなかったかと問えば、窓を開けると風が入ってきて気持ちよかったと幸村は言った。
「風が気持ちよくて晴れた日が多くて、薔薇がきれいに咲く。お前が生まれた季節は、いいな真田」
「そうか」
 直接俺を誉めたわけではない。だが幸村にそう言われると誇らしい気分になる。俺はいくらか胸を張って道を急いだ。
 海岸へ向かうこの道の途中に、そのテニスコートはあった。
「誕生日おめでとう、真田」
 後ろから追いかけるように幸村がそういった。
 夜の内に、日付が変わると同時に届いていたいくつかのメールに幸村の名前もあった。それでもこうして直接言われると嬉しいものだ。
「うむ、ありがとう」
 深く頷いた俺の視界に、ようやく待ちかねた建物が見えるようになった。懐かしいテニスコート、幸村とはじめてであったテニススクールだ。
 幸村が今日一日ここを貸し切りにしたといった。とんでもない大金が動いているのかと俺は慌てたが、年に数回頼まれコーチをしている礼だということだった。
「折角お前と試合をするんだ、邪魔が入らないのは当然としてもそれなりの設備はあった方がいいだろう」
「そ、そうか」
「野外コートで日に焼けるのも御免だよ」
 昨日の結果、手足や頬ににひりひりとした日焼けを負った俺を指して幸村はそう言った。季節柄まださほどひどい焼け方はしていなかったが、頬などは早くも黒くなりはじめていいる。大して幸村の肌は白いままだ。
 今更病弱などと幸村について言ったら叱られるだろう。もとより幸村は焼けにくい質だった。それでも幸村が日焼けを厭うというなら、俺が従わない理由はない。
 鍵を開け中に入ると、スクールの好意でネットやボールなど必要な道具の揃えられたコートが一面準備されていた。
 いくつかのコートのいちばん奥で、たとえ入口に嵌められた窓から覗いたところでこのコートが見えることはなさそうだ。
 幸村はなにかと騒がれることが多い。それらも踏まえての準備なのだろう。
「さあやろうか」
「ああ」
 お互い支度をし軽いウォーミングアップを終えたところで、先に幸村がラケットを手に俺を見据える。
 白いヘアバンドと白いウェアは、まるでテニスの聖地でのそれのような出で立ちだった。俺は嬉しくなって、跳ね回りそうな体を必死に押さえつける。
「手加減はせんぞ」
「いつもだろう、お前は」
 幸村が返してくる言葉もいつも通りだった。高揚を隠すこともなく、俺は一度声を上げる。
 打ち上げたボールが跳ね返ることもない高い天井で、声はよく響いた。

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