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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2013.10.03,Thu

真田

 全国三連覇が果たせなかったとき、幸村は立海ベンチへ向けて深々と頭を下げた。
 暑い夏の最後になった試合で、幸村は負けた。その敗北が立海大附属テニス部の準優勝を決めたのだから、幸村の行動は正しいと言えば正しいだろう。
「俺のせいだ。みんなすまない」
 真田は分からなくなった。
 関東優勝を逃したとき、幸村の病室で真田は自分のせいだと幸村に頭を下げた。手術を終えた幸村が麻酔から覚めたと聞き、試合結果報告のために皆で来ていた。
 準優勝盾を拒んだ真田には、自分の言葉を証明する証拠がなかった。蓮二なら試合結果を全て書き取っていただろうが、それは真田の証ではない。真田は自分の言葉で、幸村に敗北を告げなくてはならなかった。
 悪いのは自分だ、自分が負けたから、だから立海は負けた。
「自惚れるな、真田」
 麻酔から覚めて間がなく、白い肌をもっと白くしている幸村は穏やかに吐き捨てた。枕に預けた頭を持ち上げようとして、その重さに諦め再び体をベッドに横たえる。
 咄嗟に手を伸ばそうとした真田を拒み、他の者も手を振って幸村は近付けなかった。体一つ起こせないのにまるで女王のように幸村は傲慢だった。
「お前の敗北一つで、立海の連覇が潰えたわけじゃない。これはみんなの責任だ、立海大附属テニス部全員の、俺の責任だ」
「幸村、それは」
「黙れ真田」
 柔らかな声だった。ゆっくりと吐き出される言葉はどれも横たわる病人の声なのに刃物のように鋭かった。唇を噛みうなだれながら、それでも真田はしかしと声を上げた。片方の眉だけひくりと幸村が動かした。
「しかしお前は手術に打ち勝ったではないか、病を退けたのだろう」
 言外に、関東大会は自分たちだけの戦いだったと真田は言った。だから負けた。それが幸村を傷つける言葉になると、真田が想像したことは一度もない。
 幸村は勝ったのだろう。
「いいや」
 緩慢に首を振り幸村は真田の言葉を否定した。幸村に変わって真田が眉をひそめる番だった。
 他の、柳や丸井仁王柳生ジャッカル赤也もみな疑問を顔に浮かべている。
 待て、それを言うなと耳元で声がする。言わないでくれ、ゆきむら。
「手術が成功しただけだ。俺の病気は治っていないよ」
 恐ろしく平坦な静かな声だった。このとき多分はじめて、真田は幸村の病状というものを正しく理解したのだろう。手術をすれば治ると、いや真田だけでなく皆思っていた。
 そうではないと幸村は極あっさりとした言葉で否定したのだ。
 それでも幸村は戻ってきた。治っていないという言葉通りなら、幸村はまだ病人のはずだ。しかし真田にはそう見えなかった。誰の目にも見えないことだろう、幸村が病人だなんて。
 コートへ戻ってきた幸村の最初の試合で、真田が知る限り幸村ははじめて負けた。試合終了のコールを聞いても、まだ真田は幸村が負けたと信じられないでいた。幸村が負けるはずがない。
 コートを出てまっすぐに立海ベンチの前まで来ると、幸村は深く頭を垂れた。
 幸村は真田が負けたとき、自分だけのせいだと思うなと言った。敗北は真田一人のものでなく、立海全体のものだと言った。しかし今、幸村は自分のせいだと頭を下げた。
 真田の敗北が立海全部の咎なら、幸村の敗北だって自分たちの責任ではないのだろうか。近付きその肩を上げさせようとする真田を、幸村は掌を見せて拒んだ。病室でのときと同じだった。
「俺が悪いんだ。みんなすまない、立海三連覇を果たせなかったのは、全て俺の責任だ」
 うなだれたまま動かない幸村の向こう、肩越しに皆で集まり越前を囲む青学が見えた。紙吹雪が待っているようにも見える。歓声は、遠いせいかよく聞こえなかった。幸村の声だけを真田は聞いた。
 真田には分からなかった。幸村の言葉が正しいなら、今回の立海の敗北の一端は真田にもあるはずだ。なのに幸村は違うという。幸村だけが悪いのだとそう言っているように思える。
 そしてそれは事実なのだろう、幸村が言うのなら。真田はそうして生きてきた。


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