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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2014.03.05,Wed


 今シーズンではじめてコールされた自分の名前に、俺はしばらく目を閉じてみた。人並みに、胸に迫るものや思い出されることが俺にだってあったからだ。
 季節が春から夏に変わるあいだ、俺は病室の住人だった。正しく言うともっと前、春もはじまらない去年の秋の終わりからになる。しかしそのことは今の俺とは関係がなかった。俺は今ここにいる。
 寂しいと言えば、こうして学校の名を背負って名前を呼ばれるのがこの一度きりしかなかったことくらいだろう。
 全国にきてからの立海は順調すぎるくらい順調だった。一応いくつかの試合で俺もエントリーしてあったのだけれど、俺まで回ってこなかったのだ。シングルス3で登録することは、真田が頑として首を縦に振らなかった。
 お前のリハビリに支障があっては困ると、真田らしい古くさい物言いで反抗してくるあいつを、いつもなら俺は拳で黙らせていたことだろう。入院する前なら、だ。誰に対してもそうするわけじゃないよ、真田だからだ。
 理論より本能や感情で物を言う真田には、体で分からせてやる方が早い。発言するときはその影響を考えてからというごく普通のことができる他の奴らには、滅多にそんなことはしないしする必要がなかった。
 退院して以来、俺はそんな風に真田の意見をねじ伏せたりしなくなった。もともと真田が俺に意見することなど極稀だと言うこともあるけど、俺の体を心配した結果出される真田の言葉が煩わしかった所為もある。
 真田は正しいと思って、思い込んで言っているのだろうから、余計に手に負えなかった。殴っても蹴っても真田は口を噤まないだろうことは、目に見えている。あいつにとって病み上がりの俺には大義名分があったのだ。
 俺を守るというその前でなら、あいつは俺自身を踏み付けてもいいと思っているようだった。全く手に負えない男だ。
「…なあ蓮二、俺は、甘やかしてるかな」
 コールされたものの、同時に名前の呼ばれた越前リョーマの姿は相手ベンチのどこにも見えなかった。まだ戻ってきていないらしい。
 このまま俺がコートに立って規定時間が経てば、こちらの不戦勝で試合終了だ。全国大会三連覇は造作もなく転がり込んでくる。
 なんの迷いもなく、俺はその選択をとるつもりでいた。勝つ為には当然だ。勝利の前には卑怯も糞もない。
「精市が? 甘やかす? なんの話だ?」
 ベンチに腰掛けたまま動かない俺を横目で見ながら、なんの冗談だと言いたげな口調で蓮二が問い掛けに問い掛けで返してきた。
 答えの返ってこない質問が俺は嫌いだったけれど、確かに今の質問は適切でなかったと俺も認める。同じように首を傾け視線だけを蓮二に向けて、俺は訂正した問い掛けを投げた。
「訂正するよ。
 俺は、真田を甘やかしすぎかな」
「…甘やかしている自覚があったのか?」
「いや、全然」
 大きく首を振った俺に、蓮二が眉間をおさえ唇をそっとへの字に曲げる。苛立ったときの蓮二の分かり易いアピールだ。大抵の人間は気付いて前言撤回と行くのだが、真田が時々腹が痛いのかなんて言って無駄に機嫌の悪化に一役買っている。
「逆に俺は、真田には随分きつくあたっていると思っているよ」
「奇遇だな、俺も常々お前の行動をそう思っている。が、甘やかしているというのも事実だろうな」
「やっぱり?」
 腕を組んだまま、俺はがくりと首を傾けた。俺がコートに入らない内に、どこからか小さい子が出てきてなんだかわあわあ言い出していた。関西弁らしい発音のそれを俺は話の半分も訊いていなかったが。勝負をしたいとかどうとか。
 この一年前の赤也と同じくらい小さいのが越前リョーマだったろうか? けれどヒョウ柄のタンクトップというファッションセンスは、どちらかというと関西のもののような気がした。ものすごいステロタイプなことは認めるけど仕方ない。
 帰国子女と聞いていたけれど、実は大阪からだったのか? 大阪ってどこだっけ? 頭の隅でそんな他愛のないことを考えていると、客席から下りてきた赤也がヒョウ柄タンクトップの子どもとやり合っている。
 ああ赤也も随分背が伸びたことだと感慨深くその様子を眺めながら、俺は項垂れたまま口を開いた。
「あの子、誰?」
「遠山金太郎。大阪四天宝寺中の一年生エースだ。尤も今大会では温存されていたらしく、試合は一つも出ていないが」
「へえ。じゃあ体力余っちゃって仕方ないのかな」
「多分な」
 可愛がってあげようかな。俺は口の中で呟きながら赤也、柳生、仁王と視線を滑らせていった。赤也が入部したばかりの頃はどうにも距離のあった柳生が、赤也の肩を抱き抱えるようにしてその体をベンチに座らせている。腕の中で赤也は大分不満そうな顔をしているけれど、大人しく柳生に掴まっている。彼等の前にどこから出てきたのか仁王が立つ。
 俺達のいるベンチを挟んで反対側では、ジャッカルに抑えられながらブン太がなにか言っている。レベルが赤也と一緒じゃしょうがないだろ、ブン太。ジャッカルもご苦労なことだ。
「さて」
 練習用のラケットを手に持ち、俺は立ち上がった。こちらを見上げる蓮二が、なにか言いたげな目をしている。
 真田を甘やかしているのは俺だけじゃなかった。蓮二も大概にそうだ。だが蓮二は真田と違って俺を踏み付けることはしない。俺の意志を汲み俺の願いを考慮した上で行動を決める。
 なのに俺自身が、真田の為に俺の願いを踏み付けようとしていた。
 本当に、甘やかしすぎだ。
「本当はさ、蓮二。この試合で俺が負けるのがいちばん真田には効くんだろうね」
 軽くガットを掌で叩きながら、俺は呟くようにそんなことを言った。試合前は時々、いやに正直になって困る。思ったことがそのまま口を突いて出てしまう。
 蓮二の表情が険しくなった。彼は本当に優しい男なのだろう。誰の願いも聞き取ってそれらが最大限満たされる道を探してくれる。蓮二の言うことを聞いていれば、間違うことはないのだろう。
 その蓮二がこんな顔をしていると言うことは、俺は随分ひどいことを言っているのかも知れない。
「………精市」
「だけど俺は負けないし、負けられない。
 結局真田は、あのままだ」
 一度俺は目を閉じる。先だってのD1の試合中ベンチを立った真田の背中を思い浮かべる。
 俺が勝つと信じているから、真田はボウヤの記憶を取り戻すことに手を貸した。俺を信じているからだとそう言えば聞こえはいいが、結局あいつは甘えているだけなのだ。
 まだ遠山となにか言い合っている部員達へ目をやる。赤也仁王柳生ブン太ジャッカルそれに蓮二、彼等だって俺を信じている。俺が勝つことを、俺が負けないことをそして立海が勝利することを。立海の三連覇が果たされることを俺達は信じている。
 けれど信じていればそれでいいわけじゃない。信じていてなにもしないのは、裏切りより酷い。信じているからこそ、真田はここにいなくちゃならない筈だ。そうだろう。
 真っ向勝負なんてそんなもの、完全な勝利の前ではゴミでしかない。なんの意味もないただの自己満足だ。それなのに俺は真田を止めなかった。あの背中を掴んで殴りつけて蹴り飛ばして、どんな手段を使ってでもいいから止めればよかったのに止めなかった。振り返りもしない背中を睨み付けて、それしかしなかった。
 甘い。真田も、俺も。
「戻ってきたらお仕置きだよ、全く」
「弦一郎にはそう伝えておこう。で、どうする気だ?」
「決まってるだろ」
 ぽんと一度強くガットを叩くと、俺は今度は審判に食ってかかっている遠山の名前を呼んだ。
「やろうか、遠山くん」
 驚いたように蓮二が俺を見た頃には、俺は歩き出していた。視線だけが突き刺さるように背中に感じられる。六人分の刺すような眼差しに俺は笑みを浮かべた。信じられるのは気持ちいい。俺を心の底から信頼してくれる彼等が、俺は大好きだった。
 彼等を、絶対に裏切りたくなかった。もう二度と彼等を悲しませるようなことはしないと俺は誓ったんだ。他の誰でもない、俺自身に。彼等の為に俺の為に、俺の全てでボウヤを叩き潰そう。ボウヤの将来が二度とテニスコートに立てないものになっても構わなかった。俺には関係ない。
 遠山は嬉しそうに、本来はボウヤが立つべきコートに入っていった。可哀相に。素直に俺はそう思った。試合の前にはひどく意識が澄む。同情するほど俺は遠山を知らなかったし、四天宝寺中と対戦したのも去年の大会以来だから懐かしいという感情もない。
 ラケットとボールで誰かを壊す時に感じるこの感情は、同情ではなかった。率直な感想に過ぎない。可哀相に、本当に心の底から俺はそう思う。
 こんな風に簡単に、真田も壊れてしまうのなら俺はもうすこし優しくしてやってもよかった。




お前達が好きだ。俺とテニスをして、俺に負けて、俺のテニスを恐れながら俺を恐れ遠ざけようとしないお前達が俺は好きだ。
そして真田、俺はお前を愛しているよ。俺とテニスをして俺に負けて、それでも俺のテニスを決して恐れないお前を。
 俺のテニスは恐れない癖に俺を恐れ敬い跪くことさえ厭わないお前を、俺は愛しているんだ。

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