忍者ブログ
生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2011.02.13,Sun
 森の中を進みはじめてすぐに、真田は犬の声を聞いた。野犬などではなく、躾のされた立派な番犬だ。噛みつくことはないが、吠え立てられながら追いかけ回されるのはいい思い出ではなかった。
 幸村がこちらに来るときはどうだったか知れないが、夜になると放されるとすればそろそろだろう。気を付けた方がいいと真田が言うより早く、こちらの手首を掴んだ幸村はずんずん森の中を進んでいく。小石や木の枝が転がる足元も悪く、気を抜くと足を引っかけそうだ。こんな場所で下手に口を開くと舌を噛みそうだった。
 どうしたものかと思案にくれた途端に、木立の間から小さな影が駆け出てきた。
 番犬だと思った瞬間真田は声を上げて駆けだしていた。
「幸村! あぶな…っ」
 木の枝に足を取られ体勢を崩しながら幸村の前に回り込むのと、駆けてきた小さな影がその正面で体を縮めたのは同時だったろう。
 飛びかかられる瞬間の衝撃に備えて、真田はかたく目をつぶった。
「待て」
 けれど次に聞こえたのは凛とした声一つきりで、犬の唸り声もその声を境に消える。
「おすわり」
 腕を交差した状態で恐る恐る瞼を開くと、真田の足元にちょこんと姿勢を正して座る犬がいた。猟犬らしい毛の薄い小さな頭を幸村の掌が覆って、何度も撫でていく。
「バセンジーかな? いい子だね。毛並みもいいし、躾もちゃんとしてる」
「ゆきむら…」
 追い掛けられたのは一度きりだったが、思い出すだけで嫌な汗が出る記憶だった。その犬をあっさりと手懐ける幸村の横顔に、真田は掛ける言葉がない。どうしてというのがいちばん相応しいが、それは真田の中ですぐに答えの出る問い掛けだった。幸村だからだ。
 幸村のほどの相手であれぱ、犬も自然と頭を下げるのだろう。真田はそう納得して、目の前の事態から目を逸らすことにした。
「さて行こうか」
 ひとしきり犬の小さな頭を撫でたあと、幸村はそう言って歩き出した。座ったままぱたぱたと左右に尻尾を振って犬はその姿を見送る。そのあとに現れた犬たちもみな同じ結果になったことは、わざわざ書き加えることでもないのだろう。
 幸村に連れられ森を抜けると、一泊しただけの宿舎の裏に出た。勝手口のような入口から建物の中に入る間際、柳生と切原の姿を見た気がする。それを幸村に伝えると、すこしだけ眉を寄せるのが分かった。やはり幸村とはいえ今の自分といるところを他の者に見られるのは落ち着かないのだろうと真田が頷き掛けたとき、幸村が繋いだ手をぐいと引いた。
「俺といるんだから他の奴なんか気にしないでよ」
「…しかし」
「お前と久しぶりに一緒にいるのは誰か、ちゃんと分かってるお前? さっきの犬みたいに、飼い主の顔忘れちゃったのそれとも」
 下から覗き込むようにして視線を奪われて、真田は大人しく口を噤んだ。幸村には時折こういうころがあった。似合わない独占欲だと思うが、嫌な気分ではない。
 幸村がここまでの執着を見せるのが自分だけど知っているから尚のことだろう。黙って頷いた真田に、幸村は険しかった表情を柔らかく変える。
「夕食は部屋で摂れるようにしてあるから。お腹空いてるじゃない?」
 言い当てられると同時に腹が鳴って、幸村が笑い声を弾けさせた。大丈夫、いっぱいあるからと肩を叩く幸村に背中を押されて、真田は廊下を進んだ。
 丁度夕食の時間なのだろう、誰にも会うことなく幸村の部屋まで辿り着いた。
 そこは真田が一日だけ泊まったのと同じ部屋だった。二人部屋に割り当てられたまま幸村はこの部屋にいるのだと、ドアを開けながら幸村が教えてくれた。
「戻ってくるんだろ、真田は」
 そういう幸村に当然だと真田は頷いた。
 部屋の中はビジネスホテルのツインルームのような造りで、狭いもののキッチンスペースがないことを除けば日々暮らすのに不都合のない部屋だった。ベッドと机が左右それぞれの壁際に寄せられていて、その内の片方真田が使っていた側はマットレスまでなくなってむき出しのベッドの枠だけが残っている。
 そこに並べられた二人分の食事は、ここ数日恵まれた食生活から遠離っていた真田にはとても眩しかった。再び腹の虫が鳴く。
「………すまん」
 腹を抱えて笑い転げる幸村に言ったところで聞こえているとも思えなかったが、真田は小さくそう言って顔を伏せた。

 食事を終えてすぐ口付けると、食べたばかりのものの味がした。幸村は最後に漬け物を食べていたし、真田も同じ物を口にしていた。
 違うもので味が混じらずによかったと、どうでもいい幸運に真田が胸を撫で下ろしている内に幸村の舌が入ってくる。
 強く吸われてもう味も分からない。
「は…っ」
 さんざんに蹂躙されて解放される頃には、息をするだけでやっとなほど真田は追い詰められていた。
 真田は勿論だったが幸村だってそう経験があるわけではない。巧みというよりも幸村のそれはしつこかった。真田が逃げようとしても追い掛けてきて口付けを終わらせてくれない。それは口付けに限った話ではないし、もっと言えば真田に限るわけでもない。
 幸村のテニススタイルは圧倒的な能力差で相手を追い詰めることだ。こんな場面でもそれは発揮されるのが厄介だった。
「ま、待て…っ」
 口付けを終えてすぐ、まだ息も整わない真田を押し倒そうと幸村が体重を載せてきた。体重も身長も筋肉の割合でも真田に分があったが、腕力他の数値は幸村の方が遙かに上だ。どんな抵抗をしても幸村の手から逃れられた試しはなかった。
 しかし今回ばかりは真田も必死だった。いつもが必死でないのかという話だが。
「なんだよ」
 その必死さが幸村にも伝わったのかいつまでもじたばたして見苦しいと思ったのか、いくらか不機嫌そうな声を上げて幸村が真田へ目を向けた。
 既に真田の薄汚れたTシャツはめくり上げられて胸まで見えている。その下で幸村は更に短パンのウエストに手を掛けていた。真田の声が更に切羽詰まったものになる。
「せ、せめてシャワーを浴びさせてくれ!」
「ああ汗くさい? 俺は結構嫌いじゃないけど」
「やめてくれ!」
 ぞろりと幸村の舌が臍の辺りを這った。真田の声は殆ど悲鳴と言っていい様相を帯びている。不満げに幸村は眉をひそめた。
 幸村の不興を買うのは真田も本意ではない。しかしそれ以上に、真田にとって幸村という人間は特別な存在だった。好き合っていればセックスをするのは当然だとして(幸村にそう言われた)、あちこちを舐めたり吸ったりときには飲み込んだりするのはまだ真田の許容範囲を超えたことだった。自分が幸村にそれをするのがではなく、幸村にそうされるのがだ。
 ただでさえ耐え難いその行為を、汗に汚れて何日もまともな風呂にも入っていない状態で受けるのは我慢ならなかった。
 シャワーの設備はあったものの、崖の上に風呂はなかった。そのシャワーだって気が済むまで浴びていられるほどの準備があるわけではない。それに今日はそのシャワーも浴びていないのだ。
 相当自分は汚れているはずだった。幸村が這わせる指が舌が、汚くなっていく想像に真田は身を縮こまらせた。
「…しょうがないね」
 全身を硬くして幸村の愛撫に応える気配のない真田に、幸村がため息を吐いて体を離した。薄く目を開けると、真田に覆い被さるようにしていた幸村が立ち上がっている。
 安堵すると同時に胸に沸いた後悔に、真田は慌てて首を振った。
「いいよ。シャワー浴びておいで」
 真田の煩悶を余所に、幸村はただしと言葉を継いだ。
 怖い言葉だ。
「俺も入るから」
「……入ればよかろう」
 ここは幸村の部屋だ。当然の行動をあえて口にした幸村に、真田が首を傾げるより先に解答は与えられた。
「一緒にね。ほら立って」
 押し倒したのは自分だろうにそう言って真田を急かした幸村に、真田はなんと言っていいのか分からなかった。まさか本気ではあるまいと心のどこかで思っていたことも否定できない。そんな馬鹿なことを幸村はしないだろうと思っていた。自分と一緒に風呂に入って何が楽しいのか。
 しかし現実は常に非情だった。




>>>>>3


拍手[1回]

PR
About
HN; k
Link(無断多数
カウンター

30000hitover thanks!
Template by mavericyard*
Powered by "Samurai Factory"
忍者ブログ [PR]