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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2011.02.13,Sun
 片手を小さく上げて現れた、ジャージ姿の少年は恐ろしく異質だった。
 この場にいる者はみな薄汚れた白いTシャツと短パンの上下で、そもそも色がない。鮮やかな赤いラインの入ったジャージが目立つ理由はけれどそれだけではなかった。この場にいる全員が着たくても着られない、U17候補を示すジャージだ。いるはずのない人物が手を上げにこにこと人好きのしそうな笑顔で近付いてくる。
 咄嗟に越前リョーマは身構えた。試合は勝ったものの、プレイスタイルも人格も含めてあまり得意な相手ではない。常に優しそうに笑っているというのがまた厄介だ。
「やあボウヤ」
「…いい加減やめてくれないっすかね、そのボウヤっていうの」
「ねえ真田はどこかな?」
「相変わらず人の話きかないっすよね、あんた」
 噛み合わない会話に肩を落としため息を吐くと、雷のような怒鳴り声が大分遠くから聞こえた。
「なにをしている!」
「あ、いたいた」
 ひどく弾んだ声で幸村が言うのと、二人のやりとりを遠巻きに見ていた者達を掻き分け真田が現れるのは同時だった。はじめて見るU17のジャージ姿の幸村にしばらく真田の動きが止まる。
 蛇に睨まれた蛙、猫に見付かった鼠、蛇の髪をした女神の伝説までいくと越前の手には負えなくなるが真田が石と化しているのは事実だった。
 どうにもこの人物は頼りになるのかならないのか分からない。帽子を直しながら幸村へ目を戻すと、幸村もこちらを見ていた。真田に用事があるのではないのだろうか。
「なんすか?」
「練習、もう終わりだろ?」
 空を指差す幸村に応えて顔を上げれば、日が暮れ星が瞬きはじめている。
 ナイター設備がないここでは、確かにもう練習などできなかった。下手をすれば崖下まで真っ逆さまだ。
 頷き答えると、幸村が笑顔のまま指差す方向を変える。
「じゃあそれ、ちょっと持っていっていいかい?」
 それ。と指差されたのはまだ凍り付いたままの真田だった。物じゃあるまいしと胸に沸いた苛立ちは、実際を言えばあまり越前に関わりのある話でもない。大人しく身を引くのが吉だと越前の勘は言っている。ちなみに越前より更に動物的感性にすぐれている遠山金太郎は、疾うの昔にどこかへ逃げ去っていた。
 遠山のトラウマについて越前は知らなかったが、幸村と対峙したくない気持ちはよく分かる。越前はグリップを握り直して、幸村に向き直った。
「いいよ。その代わり幸村さん、俺とテニスしようよ」
「無理。ラケット持ってきてないし」
 ひらひらと両手を蝶のように揺らした幸村の笑顔が気に入らなかった。相変わらず誰よりも強い目をしている。気になって仕方ないと言い換えてもいいかもしれない。
この時点で、越前の胸に沸いていた嫉妬がどちらに向かっていたのかは本人にも分かっていない。
「にゃろう…」
 ラケットを振り上げサーブを打とうとした越前の肩を、誰かが叩いて止めた。
「精市、弦一郎に用事があったのだろう」
 振り返った場所に立っていたのは乾だった。ほぼ同時に上がった声はその隣りに立っている柳からで、二メートル近い二人を見上げると越前の首は随分上向かなくてはならなくなる。
 頭から落ちそうになった帽子を押さえ、不満げに越前は二人を見た。
「なんすか、一体」
「夕食の支度。今日はお前だろ」
「…ちーす」
 仕方なく肩を竦めると、幸村がひらひらと泳がせていた手を伸ばして真田の手を掴むところだった。両手で包み込むように、宝物にでも触るような手付きに越前は特別驚かなかったが(幸村のしそうなことだ)周囲の者はそうではなかっただろう。
 声にならないざわめきが波のように人の間を動いていく。
「じゃあ行こうか、真田」
 そのまま、手を掴んだままぐいと幸村が腕を引くと、真田が体勢を崩して倒れ込みそうになる。
「き、貴様は自分の腕力を考えんか!」
 顔から小石だらけの地面に叩き付けられそうなった真田が叫び声を上げるが、端から見ている限りではどれだけの力を込めたのか見当もつかない。肩からジャージを羽織った幸村の手足は真田に比べれば細いし、先刻から浮かべられた笑顔に変化はない。
「えー、倒れたら姫だっこしようと思ってたのに」
「いらん!」
「早く行け、お前ら」
 しっしと犬にでもするように嫌そうに、柳が手を振る。眉をしかめて本当に嫌そうな顔だ。
 そんな風にされて流石に真田は憮然とした表情を浮かべたが、幸村は楽しそうに手を振って柳に応えた。
「明日の朝には戻すから。あとよろしく」
「承知していた。達者でな、弦一郎」
「……すまん」
 最後まで主張することはなかったが、反対するでも反抗することもなかった真田は、そう言って柳へ頭を下げた。そして大人しく幸村に手を引き連れて行かれる。他で見たことがないほど従順な真田だ。
 森の中に消えた二人を指差し、越前はねえと柳に目を向けた。
「あの人、いつもあんななわけ?」
「あの人というのはどちらだ?」
 指示語では正確に伝わらないぞと、どこかの国語の教師のようなことを柳はいう。その隣りでなにを書いているのか、乾がすごい勢いでノートにシャーペンを走らせている。
「そんじゃ、あの人たち」
 指示語は変わらなかったが、分かり易さで言えば飛躍的に向上した筈だった。
 柳はひとつ頷くと、納得したらしく応じてくれた。
「十年近い付き合いだという話だ。テニススクールで最低でも週に一度顔を合わせていたのが小学校卒業までで、以降は同じ学校だからな。入院中も、弦一郎は一日置かずに見舞っていた。共にいないというのがあれの場合珍しいのだろう」
「なにそれ…」
「仲がいいということにしてくれると有り難い」
 随分なふくみを持たせた柳の台詞に、越前は眉を寄せ背後を振り返った。
 彼等がいなくなった森はもう暗い。
「羨ましいと思うか、越前リョーマ」
「は? 何言ってんの柳さん」
「俺は羨ましいよ」
 それはどちらに向けた感情なのだろう。首を傾げた越前の後ろを歩きながら、乾は相変わらずなにか書き続けていた。



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