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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2011.03.20,Sun

 てっぺんで結ばれた水色のリボンを撫でながら、幸村は困ったように笑って言っう。
 幸せすぎて溶けてしまいそうな笑顔は、見ているこちらまであたたかくなりそうだった。だから自然、柳の口元もいくらか緩む。幸村が喜んでくれるなら嬉しい。
「毎年同じって、ちょっと芸がないよね」
 幅広のリボンを指先でいじりながらの幸村の言葉に、柳は素直に頷いた。
 幸村に出会ってからこちらだから三年には満たないが、その毎度の誕生日祝いは確かに全く同じものだった。もしかすると知り合う前、彼等が出会った頃から同じなのか。だとすると幸村の言葉は全くその通りだ。芸がない。
 しかし彼がいちばん喜ぶものといえば実際これなのだから仕方なかった。柳だってなにがほしいかリサーチした上で、これにしようと決めたのだ。幸村が一番喜ぶものを。もちろんなにを贈っても幸村は喜んでくれるだろうが、やはり好意と誠意だけでは贈る側の自己満足になってしまう。
 その辺り真田もよくよく理解しているからこそ、黙ってされるがままになっているのだろう。
 にこにこと機嫌よさげに佇む幸村を見ていると、その選択が間違っていなかったと分かって気分がよかった。同じく表情を緩めている柳の隣りで、しかし遂に耐えきれなくなった真田が口を開く。
 穏やかな時間は不意に終りを告げた。
「…俺はいつまでこうしておればいいのだ」
「え?」
 部室にいる三人の内でひとりだけかたい表情をした真田がそう声を上げると、まるではじめて真田の不興に気付いたように幸村が目を向けた。
「いやなの?真田」
「………嫌とは言っておらん」
 幸村に応えるまでの沈黙の長さが、真田の葛藤を物語っていた。受け答えはすぐにと躾られている真田は、併せて上官の命令には必ずはいと答えるようにも言い含められていた。否定する場合にははいと言ったあとにいいえだ。
 というのは冗談だが、幸村の言葉を真田が拒絶することなど滅多にないことだった。柳は何気ない顔をして壁にかけられた時計をうかがい、沈黙の秒数を心のメモに書き留めた。あとでサ行真田弦一郎の項目に書き加えておかなくてはならない。
「じゃあいいじゃないか」
「…王者立海の威厳が」
「お前の誕生日にだって、リボンつけてやってるだろ」
 なにが不満なんだと言われて再び真田は沈黙した。ある意味この状況全てが真田にとっては不満かもしれない。数ヶ月後の自分の誕生日に幸村が頭にでかいリボンをつけていることも含めてだ。
 柳も同じ立場だからその心情は察するに余りある。なんとなく金のかからないことで誤魔化されている気もするし。しかし幸村への服従を決めているのは真田だけではなかった。強いられているわけではなく、自分から甘んじている鎖だ。
 すこしだけ背の高い柳と真田の頭へリボンをつける為にと座らされたベンチの上で、柳はちらりともう一度時計に目をやった。
 まだ今日という時間はたっぷりあったが、一応ケーキも準備している。できれば陽のある内に終わらせたかった。どうせ真田と幸村の試合は長引くのだ。
 リボンがどうのと気にしていられるのは今の内だけだった。コートに立てば幸村とボール以外目に入らなくなる。
「精市、そろそろ」
「あ、そうだね」
 ぱんと手を叩いて幸村が頷き、それからこちらに片手づつ差し出してきた。
 恋人にするように恭しい仕草で手をとって立たせられて、柳はすこしだけ首を傾け幸村を見た。
「誕生日はお前だろう、精市」
「大事なプレゼントだからね、大切にしないと」
 ぬけぬけと言って鮮やかに笑った幸村に、柳は呆れる他ない。頬が熱を持ったように感じられるのは気付かなかったことにして、柳は小さく咳をして動揺を切り抜けた。
 首まで赤くした真田はまだこおりついたように動かないが、さすがに構ってもいられない。
「さあ行こうか」
 幸村がラケットを手に持ちそう言った途端、空気が変わったように思えた。3月のぬるみはじめていた空気が、真冬の冷たさを思い出したようにひやりとした温度に落ちる。
 実際気温が変わったわけではないが、気を付けていないと身動きがとれなくなりそうだった。圧倒的で尚抑えがたい、幸村のテニスだ。
 喜びに溢れた声で、幸村は早くと二人を急かす。分かっている。幸村の代わりにノブに手をかけ部室の戸を開くと、テニスコートは目の前だった。
 特別な今日の日にテニスコートに立っているのは、半年以上前に終わった夏の大会でレギュラーを務めた者達はがりだ。赤也を除く全員がこのまま持ち上がりで高等部へ通うことになる。一年待てば赤也もだ。
 その彼等が、立海に二連覇をもたらした彼等が、みな揃って頭に大きなリボンを着けてテニスコートに立っていた。大きな羽をふくらませたリボンの色は、幸村の好きな水色で統一されている。結び方は蓮二と柳生で調べ、幸村の気に入りそうなもので揃えてあった。
 それぞれの頭の上で大きく蝶のようにひろがったリボンに、幸村が満足そうににっこりと笑う。
「幸村部長!」
 強い癖毛をリボンで留めた赤也が、跳ねるようにしてコートの向こう側からこちらへと走ってくる。顎の下を通して縛ったリボンは頑丈なもののようで、その程度で外れはしない。
 リボンを揺らして駆け寄ってくる赤也を目に留め、幸村はますます笑みを深めた。まるで獲物を見付けた獣のようだとは言わないでおく。
「こら、もう俺は部長じゃないって、何度言ったら分かるんだい? 部長はお前だろ」
「だーって高校上がったら、またすぐ幸村部長が部長になるんだから、別にいいじゃないっすか!」
 幸村が部長職を退き赤也にその座を譲って以来何度となく聞いたやりとりを置いて、赤也は幸村の前に立つと頭につけたリボンを手で引っ張った。
 無造作な仕草だが、これでもリボンはほどけたりしなかった。柳生の技術の賜だろう。あとで結び方を教えて貰おうと柳が思っていると、すこし遠くから悲鳴のような声が聞こえる。
「直に糊付けするかよフツー!?」
「すみません。卵にリボンをかけたことがないので」
「俺は卵じゃねええぇ!」
 前言撤回だ。そこまで器用なわけでもないらしい。涙にくれるジャッカルの肩を、丸井が慰めるようにぽんとひとつ叩く。
 二人の前でため息をひとつ吐いて眼鏡を押し上げた柳生が、こちらに気付いたらしく振り返った。
「幸村くん」
 振り返ったその体勢からそう言った柳生は、軽い足取りで近付いてくる。いつの間にかきていた仁王は既に赤也の向こうに立っていて、最後に気付いたらしいブン太がジャッカルの手を引きやってくる。全員の頭に、水色の大きな揃いのリボンが揺れていた。
 満足そうににっこりと、ひとりだけリボンをつけていない幸村が笑う。だって彼はプレゼントを貰う側だからだ。
「揃ったね。じゃあやろうか」
「待て精市」
 ラケットを握り直しそういった幸村を、柳が手を上げ制した。首を傾げ緩い癖のついた髪の毛を揺らしてそちらを振り返った幸村こそ、この場の誰よりリボンが似合いそうな可憐な顔立ちをしている。
 それでも、プレゼントはこれがいいと言ったのは幸村なのだから仕方ない。毎年どんな風に確かめても、幸村は同じことしか言わなかった。テニスをしよう。
「先にお祝いくらい言わせてくれ」
「あ、そうだったね」
 深く頷いて、幸村はぐるりと全員の顔を見渡す。まるで自分の誕生日などどうでもいいようだ。自宅でだって彼の誕生日は毎年祝われているのだろうし、それなりに有名である幸村はここに来るまでだって色々と祝いの品を貰っていたはずだった。
 それでもこれが、幸村にとってとても大切なことは確かなのだろう。事実さっきから、幸村は笑ってばかりだ。売れそうに幸せそうに楽しそうに、そんな風に笑われてしまうと真田ばかりではなくなにも言えなくなってしまう。
 今日言わなければならないのは、たったひとつだ。
「おめでとう、幸村」「精市」「幸村くん」「幸村部長」「ゆきむら」
「ありがとう」
 満足そうに、これまで以上に幸せそうに幸村は笑った。

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