忍者ブログ
生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2008.01.20,Sun
ああ、それならと。立海大学附属中学硬式テニス部部長は麗しく微笑んだ。
「俺は柳がいいな」
 その返答に海の底までも沈み込む副部長を一瞥しただけで、全く邪気の感じられない笑顔で幸村は言葉を継いだ。だってそうだろう。
 二年とすこし前、立海に入学すると同時に当時の部員全てをコートに沈め部長の座を手にした彼の言葉には、人に耳を傾けさせるだけの説得力があった。ふむふむと頷き同意を示し掛けたジャッカルは、肩を震わせている正面斜めに気付いて慌てて口を噤んだ。沈黙は金だ。こんな所で不興を買ってはたまらない。
 真田という人物は良きにつけ悪しきにつけ男らしい性質を持っていた。ここでの怒りが他に持ち越されるという可能性は低かったが、もしもということもある。こと幸村に関わる限りは例外がある男だった。真田は。
 それに対して文句はなかった。今更だ。幸村という人物が神の子と渾名されるのがテニスに限ったものでないとジャッカルは知っていた。だからと繋げるには様々な経験の上でだが、真田が幸村を特別視するのを奇妙だとは言わない。というよりそんなことを気にしていたらここ立海テニス部にはいられない。
 沈黙を守るジャッカルの隣り、真田の正面に座った当の柳が興味深げに一つ頷いて見せたのはその時だった。
「ほう。予想外だな」
「そうかな? 妥当だろう」
「精市は、弦一郎というものだと俺は思っていたのだが」
「まさか」
 からからと朗らかに笑い、ありえないと幸村は言い放った。真田の肩が更に大きく震えるが気にする素振りはどちらにもない。
 真田と柳に挟まれた、長机の短い一辺に腰を下ろしている幸村の前には、A4判のコピー用紙が一枚置かれていた。ありがちなアンケート、校内紙に載せるのだという全くありがちな設定のありがちな設問。
 十数年しか生きていない自分達に、将来の配偶者についての問い掛けるのもどうかと思うが、それに同じチームメイトの名前を応えるのも大概にどうかと思われる。素直にグラビアアイドルを答えようとしていた自分の常識が、ジャッカルは恨めしかった。
 意気揚々と、幸村はコピー用紙の回答欄へ柳蓮二の名前を書き込んだ。決して上手い字ではないが、人前で書くことに恥じ入る必要もない堂々とした筆跡である。将来結婚するなら? という設問の下に書き込まれているのでなければ、なんの問題もない。
「しかしまたなんで…?」
「そうか? 柳とジャッカルは誰がいい?」
「俺か?」
 次の設問に進むとばかり思っていた幸村からの問い掛けに、一度顔を上げた柳が首を戻ししばらく考え込むような素振りをした。同じように問い掛けを投げられたジャッカルも幸村に目を向けられ、考えるような振りをする。
 ジャッカルとしては、できたら女性がよかった。今ここでそれ以上望むべくもない。しかしそう答えていいものかは分らなかった。
「…そうだな、とりあえず弦一郎は除くとして」
「のぞくとして」
「待て」
 どこでレギュラーの内から結婚相手を探す話になっていたのかと、ジャッカルがない髪の毛を掻きむしらんとしていたところへ声が掛けられる。
 同じ学年とは思えない老成した物言いと低い声が誰か、見なくても分る。その声は今、どこか不安げな響きを帯びていた。
 授業以外では四六時中被っている黒い帽子の下で、その表情は半ば隠され見えなくなっていたが、どうにか笑みを作ろうとする口元の震えはジャッカルからも見てとれた。可哀相に。とりあえず十字を切っておく。ついでに自分の身の安全も祈る。どうしてこの場に同席してしまったのか。
 耐えきれず口を開いた真田に向けて、幸村と柳の両方から笑みが向けられる。どちらもが確信犯的なものに見えるから予断というのは恐ろしい。実際は彼等がそんなものを表に出す筈もないのだが。
「なんだい、真田」
「どうかしたか、弦一郎」
 母のような声で幸村が問い掛け、兄のような配慮を柳が見せる。これが演技であればどれだけマシか。
「一人、忘れているのではないか?」
「え?」
 しかし彼等は心の底からそう思っているのだ。真田の問い掛けに対して、異口同音に返した短い言葉からそれを察しろというのは難しいが。
 けれども真田を傷付けたりするような意図がないことだけは確かだった。幸村は真田を好んでいる。柳のそれは友情だが好意といって相応しくないものではない。
 頬に刻まれた笑みも本物だ。彼等は楽しんでいるのだろう。柳は単純に、真田をからかうことが。幸村の場合は、真田がいると言うことがそもそも嬉しいらしい。今ひとつジャッカルには共感しにくいが。
 にこにこと二人から否定と共に笑みを向けられ、真田は一瞬息を飲んだように見えた。普段(根拠のない)自信に溢れた真田の態度は、彼等二人の前に来ると驚くほどその影を薄くする。眉を寄せ顔をしかめ、幸村と柳の両方を見詰めながら真田は可哀相なほど困惑していた。多分本当に、彼等の口から自分の名前がそう言った形で出されることが理解できないのだろう。
 真田の代わりに、ジャッカルは神に祈っておいた。とりあえず祈っておけば、すこしは報われることもあるかも知れない。
「うーん。真田はそう言うけど、俺としては仁王は遠慮しておきたいな。夫婦生活で他人に入れ替わられたらたまらない」
「いや…」
「赤也もそういう意味では不適当だな。帰宅したら目が赤いでは」
「全くだ」
「そう言う意味ではなく…」
 歯切れ悪く会話に割って入ろうとする真田を、幸村が不思議そうな目で見詰めた。
 こう言うとき、顔だけを見ると彼は本当に少女のように見える。大きな瞳と滑らかな額にかかる柔らかく少し波打つ前髪。長い睫に縁取られた瞼が一つ上下し、真田を見上げる。
「なんだ真田、お前、自分が結婚できると思ってるのか?」
「な…」
 まるで太陽が西から昇るとでも? といっているような幸村の言い草に、真田が声を失うのが分った。
 何度目かの深い深い同情を、ジャッカルは真田に寄せた。対して柳は表情一つ変えないまま肩先だけがふるふると震えている。笑うなら指差し笑ってやった方が、この際親切と言えるだろう。
 赤青白再び赤と色を変える真田の表情の大方は、帽子に隠れて見えなかった。しかしそれでも、ジャッカルはそっと目を逸らした。見ていられなかった。帰りたかった。
 このあと続くやり取りが容易く想像できるから、余計だった。
「安心しろ。俺が嫁にもらってやる」
「は」
「嬉しくないのか、真田」
 さも当然と言いたげな幸村の言葉に、嫌ならば嫌だと答えればいいだけの話だった。そもそも嫁というのは一体なんだ。
 いつもの真田であれば、そして相手が幸村でなければそれくらい返して当然の筈だった。いや鉄拳制裁くらい飛んできて然るべきだろう。口より先に手が出る。どこからどこまで前時代的な男だった真田は。
「…嬉しく思う。しかし」
「ならそれでいいだろう」
「しかし幸村」
「はい次の質問ー。『いま気になることはなんですか』
 俺は真田の毛根かなぁ」
「四六時中帽子など被っていると、ムレるぞ弦一郎」
「ハゲるよ、真田。ジャッカルみたいに」
「なに!」
「…俺はハゲじゃねえ」
 まあハゲても俺は真田を捨てたりしないからな。再び真田の頬が青から赤に代わり、最後に似合うとは言い難いピンク色に色付いた。誰一人、ジャッカルの言葉など聞いていない。
 …帰りたい。
 何度目かジャッカルはそう呟いた。どうして自分などがこの場に居合わせてしまったのか。
 当番だといって渡された部誌の白いページを見下ろし、ジャッカルはまだ書き終えていないページを濡らさないことだけに務めた。

拍手[2回]


なんでこんな変わったメンツで会話してるかというと、習作だからです。 まだキャラクターが確立してないのです。 こんな書く人がいっぱいいるジャンルは久し振りで、まだまだ色々不都合があるかと思います…
PR
Comments
Post a Comment
Name :
Title :
E-mail :
URL :
Comments :
Pass :   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
About
HN; k
Link(無断多数
カウンター

30000hitover thanks!
Template by mavericyard*
Powered by "Samurai Factory"
忍者ブログ [PR]