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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2008.01.27,Sun
 両親へ丁寧に頭を下げる幸村の背中を、真田は幽霊でも見るような眼差しで見詰めていた。実際、彼が何故ここにいるのか分らない。いる筈のない者が現われるという意味では、今の幸村と化け物は変わりなかった。
 そう考えて、不意に自分の考えに真田は震えた。あまりに不吉なものに思えたからだ。
「なんて顔をしている、真田」
 振り返り真田の顔を見るなり、幸村は笑った。楽しげな笑い声に誤魔化されかけて、真田は慌てて表情を引き締めた。そんなものに騙されるつもりはなかった。
 幸村は強い男だった。決して楽な場面でなくとも、幸村なら笑っていられるだろうことは容易に推測できた。それを苦にも感じないのが幸村だ。いやたとえ苦しい辛いと思っても、幸村なら他人に感じさせたりはしないだろう。容易く隠しおおせてしまうに違いなかった。
 だから不安だった。決して自分は聡い人間ではない。幸村の変調に気付かない可能性の方が高い。ましてや隠されてしまえば尚のことだ。
 そうとなれば真田は、問い掛ける他なかった。まっすぐな言葉しか持たない真田にできることなど高がしれている。
「お前は、入院した筈ではなかったのか」
 目の前で幸村が倒れたのは秋のことだった。その日は殊更に寒く、マフラーを皆まいていた。
 心頭滅却すればなどという精神論を、幸村は嫌っていた。人間できることとできないことがある。不可能などないようなくせに、幸村はよくそう言っていた。彼自身がひどい寒がりであることも関係していたのかも知れない。
 学校の最寄り駅のホームで倒れた幸村は、救急車で病院へ運ばれた。ついていったところでなにもできないだろうと蓮二に諭され、真田他立海テニス部員は救急車を見送った。そしてその日、真田は二度と幸村に会うことはなかった。連絡も来なかった。
 翌日にも幸村は現われなかった。副部長としてだけではない理由から幸村の家に電話をかけると、数日の検査入院なのだといわれた。ではすぐに戻ってくるのか。そう口にした真田に、何度か顔を合わせたことのある幸村の母親は分らないと答えた。
 それは一体どういう意味なのか。
 数日後、幸村が検査入院から戻ってきたとき、その意味について考えることを真田は一度放棄した。幸村もなにも言わなかった。
 幸村はそれから数度、短い入院を繰り返した。大抵は二日か三日、週末を使ったそれは部活に影響が出るものにはならなかった。その度に幸村は、すまないとだけ真田に言った。
 そんなことは、なんでもないことだ。その度に真田はそう答えていた。
 十二月を待たずに幸村が長期入院の為いなくなる前日にも、同じ会話があった。実際なんでもないことだった。幸村はそう遠くない未来には戻ってくるのだから、彼がいない数日はなんの苦労でもなかった。その筈だ。
 幸村は、ただ病気を治すことだけに意識を向ければいいのだ。それなのに何故、彼はこんなところにいるのだろうか。
「外泊許可をもらったんだよ」
 なんでもないことのようにさらりと言ってのけて、幸村は真田を振り返った。入院前に見たものと変わらない笑顔の前に、吐き出された白い息が踊る。ほらと差し出された掌に手を伸ばすと、手袋をした手に掴まれた。
 早くと言われ掴まれた手を引かれ、なにも考えず早めた足を、すぐに真田は止めた。
「真田?」
 幸村が真田の変化に気付き、小さく首を傾げこちらを振り返る。丁度強い風がふいて柔らかそうな前髪が揺れ、寒いのか幸村の眉が小さく寄せられた。
 それを見た真田は、なんの前置きもなくくるりと背を返した。手を繋いだままだったから今度は幸村の体が引きずられ、当然不満の声が幸村から上がる。
「真田、いきなりなんだ?」
「家に帰る」
「真田?」
「お前は病人だろう」
 わざわざこんなこと言ってきかせなくてはならないのが不思議なくらいだった。
 冬のはじめ、寒さを感じはじめてすぐにマフラーをつけるよう全部員へ言いつける周到さと、今の幸村の行動は程遠いものだった。許可を得てきたということは、本来まだ病室にいるべきなのだということだろう。病人は黙っておとなしく家で寝ているべきだった。初詣? なにを馬鹿なことを。
 そのようなことを捲し立てて、足取りも荒くもときた道を数歩戻りかけた真田の腕が、再び引かれた。今度はそれまでより随分と強い。
「真田」
 振り返った場所に立っていたのは、当然幸村だった。表情一つ変えることもしていない。真田の知る中で筋肉から最大限に力を発揮させることができるのが幸村だった。彼の手足は真田と比べて随分と細いけれど、その力に勝てたことは一度もなかった。
 彼が口にする言葉と同じように、真田は従う他ない。
「大丈夫だよ。お前に心配されるようなことなんか、なにもない」
 頷くしかない言葉に、真田は顔をしかめた。笑う幸村は真田の手を掴んだまま同じ方角を目指し歩き出す。相変わらず痛むほど力を掛けられている所為で、手首を揺らすことさえ真田にはできなかった。なにもかも、入院する以前と、まだ秋の頃の幸村と変わりない。
 けれど今日に限って、なにもかも同じだということが、真田には不安でならなかった。それはまるで、幸村がわざとそう見せているような気がした。
 自分にそうと分るように幸村が振る舞うなんて、そんなことがある筈もない。それなのに真田は不安だった。

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