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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2008.02.10,Sun
 幸村精市は、真田弦一郎が好きだ。柳が彼等と出会った二年前から、それは既に公然とした真実で変え難い現実だった。そもそも変える気がどちらにもないのだから変わりようがない。
 真田弦一郎も、幸村精市が好きなのだ。
 彼等がそれを望んでいるのだとすれば柳にも異論はなかった。知り合ってすぐに彼等が得難い人物であると言うことは分った。テニスの実力や資質も含めてだが、勿論それだけではない。
 好意(幸村が真田に覚えるのとは違う)の前に、自分に関わることのない色恋沙汰などなんの障害にもならなかった。自分に向けられていればまた話は違うのかも知れないが、この場合はお互いのあいだだけでのやり取りだ。他山の石と眺めている分には、柳にとって特別意識を払う必要はなかった。
「精市、入るぞ」
 ノックを二度して声を掛け、返事を待たず柳は引き戸に手を掛ける。この時刻に訪れることは、既に昨日の内に幸村には知らせてあった。
 病院内で携帯電話は使用は制限されている。ましてや幸村が入院している内科は精密機械がそこここの病室で稼働している場合も多く、それは当然の措置といえた。しかしPHSならば問題はない。
 立海レギュラーは全員、幸村との連絡用に新規契約を交わしていた。赤也や仁王などは連絡というより、単純にメールのやり取りを楽しんでいるようだったが、それで幸村の退屈が紛れるのならいいだろう。柳も時折、学内の他愛のない話を送ったりしていた。
 返信は大抵すぐに来た。今日のことだとてそうだ。待っていると極短いものだったが、返事はすぐに送られてきていた。自分が来ることを、幸村が知らない筈がない。
 戸を開き広がった光景に、柳は溜め息を吐くべきか見なかったことにするべきか悩んだ。逡巡は短かったが、室内にいる二人が柳の訪問に気付くのには充分だった。
 重ねていうが、幸村は柳の訪問を事前に知っていた。その筈だ。しかし室内には二人の人間がいた。一方は幸村で、他方は医師や看護師といった病院関係者でもなければ彼の親族でもない。
 幸村のベッドの傍ら、丁度彼の体を覆い隠してしまう位置に、柳より先に来ていた真田が立っていた。勿論幸村はベッドに腰を下ろしている。
 毎日は来るなと言う幸村の言いつけを守って、真田は二日に一度と決めて幸村の病室を訪ねているのだと聞いたことがあった。それは幸村の口から、半ばの呆れと共に柳は聞かされた。
 学校に近く、また面会時間が遅くまで設定されているからこそ可能なことだ。部での練習を早めに切り上げるなんて、幸村は決して許しはしない。それは真田にも言えることだが、真田の場合ことが幸村に関わると特例が発揮されて断言しにくかった。故に真田がこの病室へ来ている可能性はかなり高く、それだけを言えばなんの問題もなかった。
 その真田が、幸村の上に覆い被さるようにして唇を合わせているのでなければ、柳も驚きはしなかった。枕の上、ベッドヘッドの柵を掴んだ真田の無骨な指が、緊張に白くなるほど強く力をかけているのに気付いた。まるでそこに全体重がかかっているようだ。崩れ落ちそうな体を支えているのかも知れないと、柳は親友二人のそんな場面に立ち会いながらどこか冷静にそんなことを思った。
 実際柳は、さほど驚いてはいなかった。ここに真田がいたことにはすこし驚かされたが、それ以上には。
「ふ…っ」
 短くくぐもった息が吐き出される。耳に届いたその声が真田のそれだと察してすぐに、柳は病室の中へ進みかけていた片足を戻して廊下へと体を押し出し、扉を閉めた。とりあえず廊下から見えないようにするのが先かと思ったからだ。更に一歩前へ進み後ろ手に閉めるのと、一歩下がってのどちらが早いか比べるまでもなかった。
 扉を閉ざすと殆ど同時に、扉の内側でひどく慌ただしい音がいくつか上がるのが聞こえた。ばたんばたんどたんばたん。一体なにを蹴り倒し弾き飛ばしたのか。
「邪魔をした!」
 もういいかと柳が扉に手を掛けるよりも一瞬早く、あちら側から勢いよく扉が引かれる。勢いのついた引き戸は留め金のところでがたんと大きな音を立てた。壊すつもりか。
 丁度通りかかった看護師からお静かにとたしなめられて、ただでさえ落ち着きのない真田は大慌てで九十度以上に頭を下げた。
 珍しく見下ろす位置にある真田の黒い頭の、つむじが見えていることに柳は気が付いた。真田の髪の毛は殆ど癖というものがなく、すこし首を動かすだけでさらりと同じ方向へ片寄る。それが邪魔だ目障りだと言って彼は帽子を手放さなかった筈だ。
「真田」
 踵を返し今にも駆け出すような勢いを見せた真田の足を、止めたのは病室内にただ一人残っていた幸村だった。逃げ出そうとしているようにも見える真田は既に、訪問を告げただけの柳はまだ廊下に立っている。ベッドに腰掛けた状態から、幸村は決して動いていない。
 それなのにその声は、真田の足を留め柳の視線を彼へと向けさせるのに充分な響きを持っていた。人の注目を集めるのに、なにも声を大きくすればいいというものではない。
 まるでなにもなかったような、春の陽のような穏やかな笑みを浮かべて、幸村は二人からの眼差しをただ甘受し口を開いた。さしのべた手には黒い帽子が載せられている。
「忘れ物だよ」
「…ぅ、うむ」
 頷き答えた真田は、今来た道を戻り幸村のベッドの脇に立つ。手を伸ばし真田が帽子を受け取ろうとしたとき、逆にその手を幸村が掴むのが見えた。
「ゆ…」
 小さく息を飲む真田。背後からでも彼の耳まで赤く染まっているのが見てとれた。その向こう、真田の肩越しに見える幸村の笑みがこれ以上はなく優しく、そのくせぞっとするほどの艶を含んで浮かべられている。そんな顔を向けられて、真田がまともな判断など下せる筈もないことを、幸村ならばよく分っているだろうに。
 呆れと忠告の声を上げかけて、肩越しの幸村と目が合う。余計なことは言うなと一瞬眼差しの中を過ぎった色に柳は口を噤む。人の恋路を邪魔する趣味はなかった。ましてやパワーSの馬に蹴り上げられたくもない。
 ほんの一瞬、真田には気付けもしないだろう一瞬だけで視線を戻した幸村は、小さく唇を動かし真田にだけ聞こえるような声でなにかを言った。
「……」
 答えに、真田はまるでネジの壊れた人形のようにがくがくと頷き答えてみせた。
「も、勿論だ…! 勿論だとも、幸村!」
「そう、嬉しいよ真田」
 にっこりと、それこそ溶けそうな笑顔を幸村は浮かべた。遂に制服からのぞくうなじまで赤くなった真田は、飽きもせず何度も繰り返し頷いている。大体なんと言ったのかは想像がつく。吐き出しかけた溜め息を、柳はどうにか飲み込んだ。
 真っ赤な顔のまま、真田は柳の前を通り病室を出ていった。目深く被った帽子で顔の色を隠しているつもりなのだろうが、その代わりに随分不審な格好になっている。本人は気付いていないのか。
「…すこしは手加減をしてやったらどうだ、精市」
「充分すぎるくらいしてるよ」
 心外だと顔に書いてある幸村の前で、今度は隠しもせずに深い溜め息を柳は吐いた。
 はじめて彼等のそのような場面を目にしたのは、一年ほど前だろうか。既にその時点で幸村が真田を好きであり、真田も同じ想いを抱くに至っていることは柳にとって既知の出来事だった。彼等の関係がどの程度進んでいるか、などというのは興味の外だ。知る価値もないことと柳は断じていた。だから知らなかった。
 ただ相手が幸村精市である以上、簡単な想像はついた。まさかそれが外れるとは思ってもいない。それはやはりその相手となるのが、真田弦一郎だからとしか言いようがないのかも知れなかった。
 授業が休みになる土日も、テニス部は変わらず練習が組まれていた。ただし日曜日は他校との交流試合に当てられている場合も多く、また休日という意味でも通常の練習は半日程度で終わるのが常だった。午後は各自に任せられている。
 赤也の自主トレに付き合い半分監視半分で汗を流したあと、柳はふと思い付いて部室へと足を向けた。準レギュラーの練習メニューの構築と、来月の合同練習の日程を組む為に幸村と真田が部室にいると聞いていたからだ。
 部長副部長と肩書きを得ているわけではなかったが、部活の運営については柳も意見を求められることが多かった。優しいとも言い換えられる理想論を口にする真田に比べて、徹底した現実主義者の幸村では決まるものも決まらないという面があった。丁度どちらの意見も汲んで次善の策を提案するのが、立海テニス部における柳の役割といえた。
 無駄な頑固さだけはよく似ている彼等だから、それが発揮されて言い争いになっていなければいい。柳が案じていたのはその程度だった。
 まさか覗き込んだところで、真田が幸村に唇を重ねているとは想像もできていなかった。参謀と呼ばれたところで、予測しうる未来は少ないと改めて思わされた。しかし思わされたところで目の前の光景は変わらない。
「ん…っ」
 柳に背を向けている真田は、どうやら気付いていないようだった。広い部室の奥、ミーティングに使われる一画は、周囲をロッカーの高い背に囲まれているだけで扉などがあるわけではない。部室の戸を開ける際物音を立てなければ、室内に誰かが入ってきたことに気付かないのは当然かも知れなかった。
 しかしこちらにひたりと視線を合わせてきた、幸村は柳に気付いていた。覆い被さるようにした真田の向こう、短い声を吐きながら幸村は柳を認め腕を一つ持ち上げた。幸村から助けを求められるとは思わない。ではだとしたら、この場面での彼の要求はなんなのか。
「ぅ…ゆき…っ」
 途切れがちな声で幸村の名を呼ぶ真田に目を細めながら、幸村は犬か猫にでもやるように手首から先だけを振って見せた。酷く分かり易い、向こうにいけという仕草だ。従う理由はないが、従わない理由もなかった。
 壁を作るロッカーのこちら側へ柳が身を隠した直後、耐えかねたように真田が声を上げたのが聞こえた。
「だ、だめだ幸村!」
「…真田?」
「す、すまん幸村…お前を汚すような真似を……!」
 おおお。と低く呻くような声が真田の口から上がるのが分った。沸き上がる笑い声をどうにかこうにか喉の奥で堪える。声だけでこれなのだから、実際頭を抱えのたうち回る真田を見ては耐えられないだろう。幸村の指示は的確なものだった。
 どたんばたんがたんと一体どこで上がっているのか激しい物音を立てながら、真田はしばらくのあいだ呻いていた。或いは真田のことだ、いつまででも葛藤し続けたかも知れない。
「真田」
 優しくも凛とした幸村の声が真田の名を呼ぶと、物音はぴたりとおさまった。おおおと相変わらず呻くような声は聞こえるが、先程のものよりは大分おさまっている。柳の目には映らない場所で幸村がその背を撫でるかなにかしているらしく、小さく制服の擦れる音が聞こえた。
 真田の声は更に小さなものになった。ゆきむらと鼻声じみたものさえ聞こえた。
「いいよ、真田。俺はいくらでも待つから」
「ゆきむら…っ」
 おおおおおと今度に真田が立てたのは号泣とでも言うべき泣き声だった。男が泣くなどみっともないと言っていたあの真田が。抑えきれなかった肩が震えロッカーを叩いたが、小さな物音はどうやら気付かれずにすんだらしい。
 そろそろ笑い声を堪えるのも限界だった。我慢しきれなくなる前にと、柳は足早にその場を立ち去った。
 真田はまだ唸っていた。
「大体どうして、弦一郎からなのだ? お前からの方が容易いだろう」
 真田の姿が消えたあとの病室で、床に転がっていたパイプ椅子を起こしそこへ腰掛けてから、柳はそう口を開いた。真田が去り際なぎ倒して言ったのは、この他パイプ椅子があと二脚と小机、それに今の季節では使われることの殆どない洋服掛けだった。勿論それらを正しい位置に直してから、柳は腰を下ろした。
 手術が終わったとは言え、まだ健康とは言い難い幸村に手伝わせるわけにも行かず、それらを柳はひとりで片付けた。腰掛けた柳にまず幸村が投げた言葉は労いだったが、もう少し他に言うべき言葉があるのではないかと思う常識はここにはない。
 前置きもなくそう言った柳の前で、幸村はふわりと笑ってみせた。神の子と称えられるのはなにもテニスに限ったことではない幸村は、そうして笑顔を浮かべるときにも裏に含みを持っているわけではない。ただ本当におかしなことを言うと、そう思って柳に笑みを向けたに過ぎなかった。
 しかし実際その通りだった。幸村と真田であれば、体格差は確かにあってもその他で真田が幸村を上回る場所は一つもなかった。口先でも腕力でも、真田の及ばぬ形で幸村が望みを叶えてしまう方法はいくらでもあった。どうしてそれをしないのか、はじめて見たときから柳はそれが不思議でならなかった。
 幸村が受け身に回っていることも不思議といえば不思議だったが、それは二の次だ。幸村の性的嗜好までは柳の知識の中にはない。
「だって真田、無理矢理押し倒しでもしたら、舌噛んで死んじゃいそうだろう?」
 相変わらず聖女のような、真田が目にしたら涙でも流しそうな麗しい微笑みを浮かべて幸村はそう言い放った。だから。続く言葉はそろそろ聞きたくない柳蓮二だった。
「だから最後まで、弦一郎に。か」
 聞かずにすむ最善の策として耳を塞ぐがあったが、その場合聞くまで部屋から出して貰えない可能性も高かった。次善の、そして苦肉の策として、柳は自ら口を開いた。
 花のような笑みが幸村の顔に浮かぶ。次善の策はあくまで次善の策だ。予想しうる最善のものではないのだった。
「そう。とりあえず自分からねだるようになってくれるのが先かな」
 ああやはり聞きたくなかった。柳は問い掛けたことを深く後悔した。いやそもそも今日訪ねたことをか。
 今度来るときには、事前に真田の動向を確かめておくことにしよう。柳は深く胸に誓った。できれば真田を連れてきた方が安全だが、それもまた面倒の種のような気がした。なんにしろ幸村が退院するまで、あと数日のことだ。

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真田に指一本触らず、自分から上に乗っかってくるのが幸村さんの最終目標。
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