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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2009.12.20,Sun
「幸村はたとえるなら手折ってはならない花、閉じ込めてはいけない小鳥なのだ」
 真田の言葉に柳は目頭を押さえた。
 たとえるなら脳みそが溶けているか目が腐っているかのどちらかだろう。両方かもしれない。
 真田自身は悪い男ではなく、そのすこし酔狂な嗜好も厳格な割に気を許した相手には甘くなるところも柳は好きだった。もちろん頭の湧いた真田が言うような意味ではなくて、極々一般的な友情という側面でのみだ。
 その柳がこの場合とりうる選択肢は、聞かなかったことにするという一択に尽きる。見ざる言わざる聞かざるがこの世で一番賢明な処世術だと柳は知っていた。それがいちばん楽に幸せになれる。
 親友から目をそらし窓の外へ向けると、夏の終わりの白い光を浴びながらコートを赤く染めている男がいた。あれのどこが小鳥なのか。柳は自分の見間違いではないこと確かめる為に、もう一度目頭を揉んだ。
 立海の悲願・大会三連覇を逃した後輩に喝を入れてやると息巻いて来ていた高等部の先輩達は、皆そろって外部入学の者ばかりだった。彼等の一人として幸村と対戦したことがないのだ。幸村が部長だと言うことさえ、こちらに来るまで知らなかったらしい。
 彼らは最初、真田に声をかけた。そういえば真田は試合をする為(真田自身は手合わせと行っていたが)、何度か高等部へ足を運んでいた。あの熱心さを見れば、真田を部長と思うのも無理からぬことかもしれない。あえて彼の外見的特徴には触れずに、柳はコートへ思いを馳せた。
 機嫌がいいときの打音が、くぐもった響きで聞こえてきてた。クレイコートではない、もっと柔らかな場所が幸村の打球を受け止めた証拠だった。
「そんなこといって、幸村部長が他の奴に取られたらどうすんすか!」
 ガラス越しの打音を打ち消す声に、柳は眩暈を覚えた。
 夏の大会が終わると同時に部長職を引き継いだ筈の赤也だ。部長はお前だろうと訂正を入れたいところだが、柳の眩暈はまだ治まっていなかった。ついでに言えば眩暈の見せた幻かと思いたかったが、それは違うようだ。
 一蹴すればいい赤也の台詞を、今日に限って真剣に受け止め真田は眉を寄せ表情を険しいものに変えている。眩暈に加えて頭痛までしてきた柳だった。
「真田副部長がしっかりしてないと、ほらあの青学の生意気なガキに、幸村部長とられちゃうっすよ!」
「馬鹿なことを言うな、赤也。ほら真田も、なんとかいったら…」
 全くなにを言い出しているのか。鼻先で笑おうとして真田を見ると、なんとも真剣な面持ちで呻いている。
「うむう」
 その表情には鬼気迫るものがあった。諌めようとした先の赤也も真剣そのものの顔つきだ。
 こと幸村にかかわる限り、心酔度で言ったら赤也も真田と変わりないのだった。今更そんなことを思い知らされて深い深いため息をひとつ吐き出したところで、コートから聞こえていた音がやんでいることに柳は気付いた。
 幸村の気が済んだのか、相手が行動不能になったのか。限りなく高い確率で後者だろうと柳が胸の内で呟くのと、ノックもせずに部室の扉が開くのはほぼ同時だった。
「ちょっとお前らなにやって」
 幸村がそう言いながら顔をのぞかせるのと、赤也と真田が立ち上がり駆け出すのはほぼ同時だった。
「だめだゆきむら!」
「嫌っすよ部長!」
 左右両方から抱きつかれて、幸村が一瞬鼻白んだあと小さく首を傾げて柳へ目と問い掛けを向けた。
 とりあえず真田の額を抑え、腕の届かない範囲にまで押し戻すのも忘れない。片腕一本で自分よりも背が高く体格もいい相手をそうできるのは、幸村ならではだった。
「なに、これ。3P? して欲しいわけ?」
「…この状態でその発言が出るのは、世界でお前だけだな」
「誉めるなよ」
「誉めてはいないな」
 でと問い掛けを重ねられて、柳は手短に赤也と真田がなにをしていたのか説明した。
 つまるところ幸村が高等部の先輩達を血祭りに上げているあいだ、彼等は部室でさぼっていたわけなのだが、柳はその括りに自分が入らないよう巧みに言葉を尽くした。
「…つまり俺が炎天下で接待テニスをやっているあいだ、お前らはそんな馬鹿なことで時間を潰してたわけ?」
「ち、違うぞそれは赤也が!」
「俺のせいにするんすか真田副部長ー!!」
「そうだぞ真田、男らしくない」
「う…」
「大体俺が取られるって? 誰に? お前達俺を誰だと思ってるんだ?」
 後光が差すように開いたままの戸口を背にした幸村の背後から西日が差す。
 ひどく赤みを帯びたその光りを受けて、幸村が艶然と微笑む。
「俺がボウヤを引きずり出すんだよ。次は負けたりしない」
「ゆきむら…!!」
「ぶちょー……!!!」
 感極まってむせび泣く真田と頬染めている赤也の斜め後ろで、自分の顔も似たようなもになっているのだろうと自覚しながら柳はそっと窓の外へ目を向けた。
 コートの片付けは、手慣れた部員達が黙々とこなしているらしい。しかしそれも無駄に終わるのだ。
「さ、分かったらこんんどは真田と赤也の番だよ」
「え」
「む」
「もー手加減してやるのってストレス溜まる。俺と蓮二、真田と赤也でダブルスな」
 ぎったぎたにしてやるよ。
 美しい笑顔で、幸村がそういう言葉が事実以外のものだと疑う者はここにはいなかった。



リョマは全力で逃げたらいいと思います。

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