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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2010.05.05,Wed

「なんでおんしがくるんじゃ」
「二人きりで楽しもうなんて、承知しないよ」
「そもそもここは私の部屋です。何故あなたたちがいるんですか」
 それが聞きたいといいながら、三人分の紅茶を持ってきた柳生に幸村がこぼれんばかりの笑顔を向ける。
「ありがとう」
 その笑顔にか自分相手ではいれられることのない紅茶の香りにか、仁王の眉がひっそりと寄せられる。
 花のような笑顔に隠されているものがなんなのか、知らないわけではないだろうに。柳生は表情ひとつ変えずに、やや乱暴に仁王の前にカップを置いた。
 しかしそれだけですぐに幸村へ視線は戻す。客としてのグレードは比べるべくもない。
「ケーキはどうしますか」
 不機嫌な仁王を余所に、柳生は淡々と丸いケーキ皿と細いフォークを三つ並べながら幸村へ問いかけを投げた。
 こういうときあえて相手に踏み込んでいく柳より、無関心に徹する柳生のほうが酷い人間だった。下手をすると赤也などこれだけで泣いているだろう、受け取ったナイフを眺めたあと幸村はその切っ先を仁王に向けた。
「はい、仁王」
「なにすんじゃ!」
「幸村くん、刃物は切る方へ向けるんですよ。仁王くんを切るんですか」
 それなら構いませんが。血が凍りついた紳士ぶりを発揮する柳生に顔だけを向けて、幸村は首を振った。
 ひたりと仁王を向いたままのナイフはまるでラケットのようだ。コートでこうなったとき、生き残れる可能性は万にひとつもない。その小さな可能性にかける人間を知らないわけではなかったが、その男はここにいなかった。
 それなのに何故、ケーキを持って幸村はやってきたのだろうか。
「ケーキを持ってきたのは俺、紅茶を淹れたのは柳生。だったら何もしてないお前が切り分けるくらいやるもんだろ」
 こともなげに幸村は言っているが、ケーキを持って勝手に柳生の家を訪れたのは幸村だった。
 医者である柳生の両親は不在だったが、彼の妹は歓声とともに幸村を柳生の私室まで案内してくれた。ちなみに彼女の口から仁王について語られてはいなかったから、柳生家訪問の手段は幸村とは随分異なっているのだろう。
 柳生家は2フロアにまたがる広いマンションの一室で、息子の部屋を直接訪れるには外階段から壁を伝って行かなくてはならない。どうやったのか、わざわざ訊く気もなかったが。
「今日はどうしたんですか?」
 ぶつぶつ言いながらケーキに向かった仁王の横で、水を向けられたのは幸村だった。
 今日は幸村の誕生日だった。例年であれば彼の自宅で家族パーティーが行われている筈だ。去年はそれが叶わなかったのだし、またそのつもりで自分達も今週末を予定していた。同じ部活にいられる最後だからと赤也がひどく張り切っていて、いつも通り空回りしている真田ともども柳が如才なく手綱をとっている。
 そのお陰で、柳生や仁王がしたことといえばプレゼントを用意するくらいだった。楽しみにしているとそういって部室で別れたのは数時間前の話だ。
「別に」
 しかし柳生の問いかけに、幸村は短く返しただけだった。それで分かってしまうのだから慣れとは恐ろしい。
 溜め息を吐いて柳生は眼鏡のフレームを押し上げた。
「また真田くんですか…」
「なんじゃ、ふられたんか」
「ふられるかよこの俺が。ていうかまたっていうなよ、柳生」
「またでなければまだですか」
 吐き捨てるというのが相応しい柳生の言い方に、幸村は浮かべていた笑顔を滑り落とした。その下から表れたのは不機嫌を隠さない子どもじみた顔で、仁王にとっても柳生にとってもとても見慣れたものだ。
 そんな顔で唇を尖らせて、幸村はそれでも美しい首を傾げて真田の名前を口にした。万に一つ以下の望みも捨てない空回りの元副部長、ここにはいない幸村の趣味の悪さの頂点。
「だって真田が悪いんだよ」
 その枕詞ではじまる幸村の愚痴は、聞き飽きるくらい聞いていた。真田が悪い。確かにそういう一面もあったが、そもそも幸村の側が真田相手に高望みしすぎている部分も大分ある。二人きりで出掛けたからと言ってデートではないし、真田が熱い視線を送ってきているからと言って恋心とは限らない、新聞部のアンケートの憧れの人から最後の将来の結婚相手までの回答が全て幸村精市で埋められていたのは多分なにかの手違いだ。
 しかし真田が悪いんだという幸村に同情を寄せるのはやぶさかではなかった。共感はないが同情はある。
 天は二物を与えず、画竜点睛、顔は綺麗なのに可哀相な幸村の趣味に。
「あいつ、恋人である俺の誕生日だっていうのに、おめでとう一つ言わないんだよ? なんかよこせって言っても、週末に渡すからってケチなことばっかり。なんだよ週末に裸踊りでもしてくれるのかよ」
「そこに同席する私の立場も考えて下さい」
「いやいやワシのことはどうでもええんか」
 ひらひらと片手を振ってみせた仁王の主張は正当な筈だったが、幸村柳生両方からは何の反応も起きない。諦めて切り分けたケーキを皿に載せたところで、聞き慣れた振動音がどこからか聞こえた。
 柳生の部屋のローテーブルの上には三つのPHSが並んでいた。全く同じ機種なのは以前の名残だ。もう解約してしまってもいいものだが、なんとなく同じ物を使い続けている。その内の一つが、細かく揺れていた。
「真田だ」
 液晶画面を見下ろして、幸村が鈴を転がすような声で言った。メールの着信を告げている画面にはピンクのハートが乱舞している。なんだろうこの疲労感は。
 取り上げた電話機を操作している幸村の周囲に花が開くように見えたのは気の所為ではないだろう。
「帰る」
「幸村くん?」
 立ち上がるなりそう言った幸村の頬は、薔薇のように色付いている。三日月の形に持ち上がった唇で歌うように、幸村は何度目かの真田の名前を口にした。
「真田呼び出してくる」
 ただし呼ばれる真田にとっては、迷惑この上ない台詞がついていたが。
「今何時だと思っとんじゃ…」
 壁掛けの時計は、とても他人の家を訪問する時間ではなかったし、される時間でもない。ましてや今から呼び出すなんて言語道断だと真田なら叫び出すことだろう。
 それなのに幸村は、相変わらず満開の花のような顔で笑いながらこういった。
「俺の誕生日を祝わせてやろうって言うんだから、光栄なことだろう?」
「ケーキはどうするんですか、幸村くん」
「柳生にあげるよ。仁王とお幸せに。
 仁王もね」
 執事のように甲斐甲斐しくコートに袖を通す手伝いをした柳生の頭を撫でて、幸村はそう言ってから今度は仁王へ手を伸ばした。
 同じく子どものように頭を撫でられて、呆気にとられている内に幸村は部屋を出て行く。途中柳生の妹と行き会ったのだろう、歓声はすぐに遠離って消えた。
「…どうしてケーキ一つまともに切れない人と、幸せにならなくちゃならないんですか私が」
「すまんのう、大きい方やるから勘弁してくれんか、やぎゅ」
「いやです」
 大体こんな夜遅くに、ケーキなんか食べたら太りますよ仁王くん。
 折角立たせたローソクの炎を吹き消しながら、いちばん小さな四分の一のケーキにフォークをさして仁王は柳生の小言を聞き流した。
 幸村精市の誕生日が終わるまであと二時間。



補足
真田が送ったのはハピバメールです。
真田のPHS使用は交換日記の設定なので、幸村さんははじめて真田からお祝いメールをもらいました。
永久保存版です。
ケーキは翌日、ブン太が美味しく食べました。

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