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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2011.09.12,Mon

 幸村精市の話をしよう。
 彼は彼を知る大方の人からは好かれていて、残った内の殆んどからひどく嫌われている。好悪のどちらかの感情しか引き出さない人のようだった。無関心でいるというのが難しい人物だといえば妥当だ。
 例に漏れずこの人物もそうだった。
 クラスメイトで、席が近かったことで言葉を交わす機会が多くあったから友人だと思っていた。テニス部での部長という肩書きはもちろんだが、穏やかな物腰柔和な表情少女のように整った輪郭を持った幸村は学内でも有名だった。幸村と友人になりたい者は多い。彼もそうだった。
 親しい友人に男子テニス部に所属する者がいなかったから、これまでテニス部の試合を観戦したことはない。クラスで言葉を交わす幸村しか、彼は知らなかった。
 友人が入院したと聞いたからという極々当たり前の理由で、彼は病院に幸村を見舞った。
 四人部屋のいちばん窓際、日当たりのいい一角に置かれたベッドに幸村は横たわっていた。
 幸村の病状について、彼はなにも知らなかった。聞かされていない。怪我でもしたのかと思っていたが、見える範囲のどこにも包帯は巻かれていなかった。そもそも入院病棟で、外科はフロアが違うことに彼は気付いていない。
 幸村はベッドから下りずに彼を迎えた。変わりない穏やかな笑顔と喋り方で、果たしてどんな病状で幸村が入院しているのか彼には分からなかった。
 他愛ない話をすこしして、日が陰りはじめたのに気付いて彼は立ち上がった。
 見舞いに持ってきた菓子は、気が付くと彼ばかりが食べていた。幸村は嫌いだったのかと首を傾げて、幸村がなにを好んでいるのか知らないことに不意に気付いた。
 なにを好きなのか嫌いなのか趣味はなにか誰を好きなのか、友人といいながら彼はなにひとつ知らなかった。幸村は自分についてなにも語らない。
 いつも穏やかに笑ってこちらを見ているだけだ。こんなときでもそれは変わらなかった。
「ねえ、君」
 彼がやってきてからはじめて、幸村から彼に語りかけてきた。
 ゆるく弧を描く唇と小さく下がった目元で笑みを形作る幸村の顔は、少女のようにあいくるしい。そんな顔で笑うから、優しい人だと勝手に思い込んでいた。
 本当の幸村を彼は知らない。
「もうこないでくれる?」
 笑ったまま、幸村はそう吐き捨てるようにいった。来るなという理由も言わない。いや理由などないのかもしれない。そんな理由をつける必要もないのだ。幸村にとって彼にそんな価値はない。
 たまたま同じクラスで席が近く話しかけられたから言葉を返しただけのこと。友人というのも烏滸がましい。その証拠に幸村は、彼の名前を知りもしない。
 幸村から一度も名を呼ばれたことがないのを、彼は不意に気付いた。
 それでも反論を返しかけて、こちらを見る笑った瞳の黒々とした深さに息を乗んだ。まるで夜の海のような底の知れない瞳をなにかが横切る。


 とっさに学生鞄を掴み、彼は駆け出していた。なにが横切ったのか、今はもう覚えていない。記憶は意図的に蓋をするものだ。たとえばひどく恐ろしい場面に遭遇したあと、それらを夢だと思い込むような。
 病院の廊下を走り、エレベータが来るのも待ちきれず階段を駆け下りようとして、上がってきた誰かしらにぶつかった。
「病院内を走るとは何事か!」
 背格好は彼より一回りは大きく声も雰囲気も大人びていたが、着ているものはどう見ても同じ立海のものだった。ネクタイの色からして同学年。そんなことをぼんやり考えているところへ、相手は手を差し出してきた。
 ぶつかった拍子に彼は座り込んでいたのだ。大きな掌から繋がった逞しい腕と肩を越し、見上げた顔と目が合う。
「ん? お前は確か幸村の」
 真田がそれ以上言葉を続けるより先に、彼は立ち上がり駆け出していた。真田の傍らをすり抜け、転がるようにして階段を駆け下りる。後ろを振り返ることはしなかった。
 怖い怖いこわい。幸村も怖いがあれと当たり前に友人でいられる真田もテニス部の者達も彼は恐ろしくてたまらなかった。
 しかしなによりいちばん怖いのは、幸村だった。なにが恐ろしいのかもう思い出せない。彼の記憶には永遠に開かれない蓋のされた部分があった。
 その後二度と見舞いにいくこともなかった。翌年の夏になって幸村が退院するという話を聞いて両親に頼み込み、夏休みが明ける前に転校させてもらった。以来会うこともない。
 幸村を好きな者は多く、彼を知る内殆んどの者は幸村に好意を持っていた。残る者の大方は幸村をひどく嫌っている。
 そして残った一握りは、幸村にどんな感情を持っているのか決して口にしなかった。


幸村さんは単にちょっと機嫌が悪かっただけです。(真田待ってるのにうぜえとか)

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