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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2012.07.02,Mon
2

 午前の授業の丁度中間の時間だった。次の授業に備え真田が自席で準備をしていると、騒がしさが移動してくる。
 その騒がしさをまとったまま教室の戸を抜けてきた彼等は、あちこちにいる友人は顔見知りに手を振り声をかけながら真田の机の前まで辿り付いた。いつものことだ。
 彼等は常に騒ぎの中心にいる。それがテニスの実力も相まっているからだと分かっているから、真田も強く言うことはしない。ただ騒がしさにすこしだけ眉をひそめ、彼等を迎える。
「なんだ、騒々しい」
「ほい。たんじょーびだろぃ?」
「…うむ。すまんな」
 小さな箱入りの駄菓子を、真田は短く逡巡したあと受け取った。
 今日が自分の誕生日で、そのため丸井が持ってきたのだと分かるから、校則違反だといって無碍にもできなかった。
 いつもの真田なら一喝して取り上げるべき場面だが、さすがにそこまで頑なでもない。というより今日は気分がいいからだ。
 あちこちで祝われて真田はご満悦だった。一つ頭を下げて菓子を受け取った真田を、丸井はあからさまに驚いた顔で見ていた。菓子箱をなくして空いた手を所在なげにゆらゆらと振る。
 受け取らないだろうと思っていたから、まだ手をつけてない菓子を差し出したのだとはさすがに言わないが顔に出ている。読みとれない真田だけが、首を傾げ丸井を見上げそれからうむともう一つ頷いた。
「贈り物を無碍にすることはないからな」
「その通りです真田くん。やはりひとつ年を取ると違いますね」
 本人にそのつもりはないのだろうが、皮肉の一歩手前の発言をしながら柳生が手を叩く。隣りに立った仁王が呆れと諦めの混じった表情を浮かべ、丸井も同じような目で真田を見る。
 しかし当の真田は照れたように顎に手を当てていた。
「うむ、そうか」
「ええ、すばらしいことです」
 褒めていないと思うが、柳生はにこにこと笑っているしその声にも邪気はない。これが全部演技だとしたら相当なものだが、その辺りはよく分からなかった。
 そもそもクラスの違う丸井と仁王が今日の真田の下着の色形まで知っているのは、柳生の発言が発端だった。朝練のために真田が登校してくる時間は丸井達のそれよりずいぶん早くて、練習の開始ぎりぎりにやってくる仁王も同様真田の着替えているところなど見なかった。
 練習のあいだ妙に口数の少ない後輩には気付いていたが、自分も眠いのだから相手も眠いのだろう位にしか考えずに過ごした。
 朝の練習のあとの一時限目、真田と柳生のクラスは体育だった。テニス部のユニフォーム姿のまま授業を受ける者は少なくなかったが、真田と同じクラスの柳生はそこに含まれない。また体育の授業は開始前に準備体操をしておくことが義務づけられていて、その誰も守らない義務を全うするのも真田と柳生だった。
 体育があるからといつもより早くコートを立ち去った真田の、今日の下着については、想像通り一時限目が終わると同時に速やかに学内に広がった。見間違いかと目をこすったクラスメイトが、柳生に問いかけたからだ。
 同じ部活なら授業前の着替えの時も一緒だったろう、そのときはどうだったと否定が欲しくて投げられた疑問に、柳生は朗らかに答えた。
「あの赤い褌でした。下着の色については校則にはありませんから、若干色合いが派手なかと思われますが問題ありません。おじいさまからの誕生日プレゼントだそうです。素敵ですね」
 クラスメイトが訊いていないことまで柳生が答えたお陰で、下着の色と一緒に真田が誕生日のことまで校内に浸透したのだ。
 速やかに噂は進んで、二時限目の終わりには丸井と仁王の耳にも届くことになった。
 その結果なのか、いつもならクラスメイトであっても挨拶くらいしか交わさない真田へ、お誕生日おめでとうという言葉が頻繁に向けられるようになったらしい。すこし困惑はしたものの、真田はそれを好意と受け取り納得したようだ。
「まあ…おめっとさん」
「うむ。かたじけない」
 どこの時代の人間だ。あといくつだ。実は四十二歳だろう、いや今日が誕生日だから四十三歳か。腰掛けたまま頭を下げた真田の旋毛を眺めながら、結局真田の褌について丸井も仁王も問いかけることができなかった。
 そもそもなんで履いてきたのかとそんな馬鹿げた疑問は解消のしようがない。誕生日だから赤フンを着けるという習慣は丸井仁王どちらの周囲にもなかった。
「私の家にもありませんが」
 相変わらず朗らかな声で柳生が応じ、丁度いいからと丸井が贈った菓子の隣りに小さな包みを置いた。誕生日プレゼントだ。丸井が貰ったものと同じならブックカバーと手製のしおりだろう。
 こういうとき柳生が善良なのか紳士の仮面を被ったなにかの類なのか、丸井には分からなくなる。隣りの仁王を見る限り、彼も分かっていない。




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