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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2012.07.05,Thu
3

 昼食は屋上にある小さな花壇でとることにした。園芸部が世話をしている小さな鉢植えの内、いくつかは幸村が持ち込んだものだ。たまにしか手をかけて上げられないからと頑丈なハーブや葉の小さな低木ばかりを置いている。
 お陰で虫も寄ってこないし、低木に隠れるようにして腰を下ろせば外からは幸村がそこにいることは分からないようになっていた。
 はじめからそれを目指していたわけではないが、結果を言えば満足だった。今日はなんだか校内が騒がしい。昼食くらい落ち着いて食べたかった。
「精市」
「蓮二かい。こっちだよ」
 鉢植えの向こうから聞こえた声に、手を振り幸村は応じた。
 低木をぐるりと回り込んで、弁当の入った手提げを下げた蓮二が前に来る。すこし体をずらしてみせれば、邪魔をするといって蓮二が隣りに腰を下ろした。
 ろくに食べないような細長い体つきのくせに、蓮二は大食漢だった。ただ部内にはもっと食べる丸井がいたし、蓮二の外見に惑わされてそれに気付かない者も多い。その証拠に恐ろしく大きな弁当箱と普通サイズのと二つ、手提げ袋から蓮二は取り出す。
 大きな方にはぎっしりと白米が詰められていた。
「背が伸びるわけだよ」
「成長期だからな」
 身長と胃が成長期の蓮二は幸村の言葉に素直に頷いた。
 食べる速度がそう早いわけではないから、先に食べていた幸村が食べ終えてしまってもまだ蓮二の弁当箱には半分ほど白米が残っている。
 幸村が食べ終えたのを認めて、蓮二は話してもいいかと言った。
「いいよ。なんだい?」
「弦一郎が今日、赤い褌を履いてきてな」
「……はぁ?」
 言いきってすぐにご飯を口に運んだ蓮二が、幸村の声に答えるまでたっぷり数拍は時間がかかる。テニスコート以外では基本的に穏やかな幸村が、語尾を跳ね上げることは珍しかった。
 膝の上に置いた指を揺らして、早くと幸村は蓮二を急かす。動じる様子を見せないのは、付き合いの長さというより蓮二の個性だ。真田がそんな態度を幸村から向けられれば食事などとっていられないだろう。
 口の中のものを飲み込み、蓮二はまたゆっくりと同じ言葉を口にした。
「聞こえなかったか? 弦一郎が赤フンを着けてきたんだ」
「なにそれ。知らないよ俺」
 午前の内から校内を席巻している噂に、幸村は大きく首を振った。クラスメイトとの関係が友人というより取り巻きといった方がいい幸村の耳に、そうそう届く話でもないだろう。
 少女のような容姿をしていてその本質が苛烈なことは、彼のテニスを見たことがある者なら皆知っている。それを乗り越えて親しく付き合うにはそれなりの覚悟が必要だ。すくなくともそう思う者は多いだろう。
 後半に入った弁当箱の中身を咀嚼しつつ、蓮二はあからさまに顔をしかめた幸村の表情を楽しんでいた。距離をとっている者達は、幸村がこと真田についてとなればこんな風に表情を変えることを知らない。それはとてもつまらないことだ。
「蓮二は見たの? 見たんだよね?」
「不可抗力だ。精市は今日遅かったな」
「それこそ不可抗力だよ。鉢植え抱えてくるの大変だったんだよ」
 幸村の言葉を聞きながら、蓮二は再び箸を動かした。物言いたげな表情のまま、幸村は蓮二の返事を待たず喋り続けた。
「だいたいどうして、今まで俺が知らなかったんだい。気が利かないな、いやそれ以下だね。自覚が足りないよ」
「…こうして伝えにきてやっただろう」
「うん。蓮二はいい子だね」
 幸村の手が伸びてきて蓮二の頭をなでる。すこし箸を止めて蓮二は幸村のするがままにさせておいた。
 幼い子にするように蓮二を褒める者など、今時肉親にもいない。蓮二へこんな風に手を伸ばすのは幸村だけだ。
 頬が熱を持ったようだと思いながら、蓮二は食事を再開した。
「分からせるのには丁度いい機会だよね」
 幸村の呟きを、蓮二は聞かなかったことにした。




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