忍者ブログ
生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2012.07.08,Sun
6

 もう一度浴びることになったシャワーを浴びて湿ったタオルで体を拭き、部室の外に出るともう完全に日は暮れている。
 鍵を締める真田を、幸村が早くと急かした。その手には一抱えほどもある大きな鉢植えを持っている。今年は梔子だ。いくつもついた蕾からはすでに甘い香りが漂いはじめていた。
 毎年真田の誕生日に、幸村は自分が育てている鉢植えを一つ真田に寄越してきた。それは年々大きく手の込んだものになり、中学に上がってから売り物として充分通用するものになっていた。
 その分持ち帰るのにも一苦労で、去年は幸村が真田の家まで運んでくれた。大きな牡丹の咲いた去年の鉢は、今年祖母がまた牡丹を育てている。
 今日もそのつもりらしく、幸村は真田にくれたばかりの梔子の鉢植えを手に抱えたまま真田を待っていた。
「待たせたな」
「そうだね」
「すまん」
 小さく頭を下げた途端、ぴしりと針で刺したような鋭い痛みが腰に走って真田は呻いた。
 どうにも痛んで仕方ない。そのせいでいつもに比べてなにをするにも倍ほども時間がかかってしまっていた。いや痛みのせいばかりではない。
「痛いなら痛いって先に言えばいい。そうしたら俺が代わったのに」
「…すまん」
 痛みを吐露すると、しかしそればかりではないことも一緒に言わなくてはならない気がして真田は黙っていた。まだ奥に幸村がある気がするのだ。
 シャワー浴びていたとき奥から流れ出てきたものに気付いて、大方は掻きだしたと思うのだがそれでもまだ残っている気がした。中に出されたものだけではなく、幸村自身がまだ奥にあるような。
 そう思うと不意に頬が熱を持つのを真田は感じた。慌てて頭から冷たい水を浴び、シャワーブースからほとんど駆け出すように飛び出た。すでにこちらもをシャワーを終えていた幸村が、着替えの手を取め驚いた顔で真田を見る。
「…も、もう帰る時間ではないか」
「そうだね、そろそろ最終下校時刻だ。見つかると面倒だな」
 その場を取り繕うだけだった真田の言葉に幸村は頷き、追求がなくなったことに真田は胸を撫で下ろした。
 練習で遅くなることが多いため、教師に見つからずに帰れる道は幸村も真田も知っていた。二人だけで校舎裏ばかり通って、もう半ばまで閉められていた校門を抜ける。
 疲労もあって真田はひどく静かだったが、幸村も同じようにあまり喋らなかった。大きな鉢植えを抱えて歩く幸村の背中を追いかけるように真田は歩いた。
 どこをどんな風に通ったのかは覚えていない。
「ここでいいかい?」
 不意に足を止めた幸村が振り返りそういった言葉で、自宅の前に立っていることを真田ははじめて気付いた。個人の家としては大きな門の脇には、祖父が師範を務める道場の看板が下がっている。
 一本の木から切り出されたその板の下に、幸村が鉢植えを置く。梔子の白い花の色が加わったことで門前はひどく華やかになり、甘い花の香りが満たす周囲はまるで自分の家でないようだった。
 だからだろうか、近付いてくる幸村を真田は避けなかった。自宅の玄関先ですることではないと、そう思う程度の理性は真田にだってある。
「…誕生日おめでとう、真田」
 触れるだけの唇はすぐに離れ、それを寂しく思う真田へ幸村が囁くような声で言ってまた口付けてきた。
 啄むように二度三度触れてから、幸村はやはりひどく近くで囁いた。
「来年は、俺が一番最初にお前の誕生日を祝うんだよ。再来年もその先もずっと、絶対にね」
 分かったかと幸村は問いかけなかった。理解は必要ない。真田は幸村の言う通りにするだけだ。
 最後にもうすこしだけ長く口付けたあと、幸村はじゃあねと手を振り真田に背を向けた。振り返らない背中に真田も手を振った。
 自分が置かれている状況は分からなかったが、今まで幸村の言葉に従わなかったことはあっても意図してではない。だから多分来年の自分の誕生日は、幸村のいった通りになるのだろう。
 まだ一年も先なのに、真田は頬が赤くなるのを覚えて俯いた。
 そのまま、誕生日だというのに帰宅の遅い息子を案じた母が玄関先に出てくるまで真田はそこに立っていた。



end.

拍手[7回]

PR
About
HN; k
Link(無断多数
カウンター

30000hitover thanks!
Template by mavericyard*
Powered by "Samurai Factory"
忍者ブログ [PR]