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生温い話ばかりです…
2024.05.06,Mon
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2009.03.05,Thu
 常に真田が被っている、真田弦一郎の代名詞とも言うべき黒い帽子の下から現れたものに幸村は顔をしかめた。
 顎の下を通した大きなリボンが、頭の上でちょうちょに結ばれ揺れているのだ。なんて滑稽な。今まで帽子に押さえ付けられていたというのに、ふわりと広がりすこしの動きでも揺れるリボンに、幸村は柳の協力だろうと察しを付けた。
 こんな間抜けたことを真田にさせられるのは、自分の他に柳しかいないだろう。真田の健康的な肌色と黒く暗い髪の毛から浮き上がるようなリボンのピンク色も、きっと柳が選んだものに違いない。
 すこし真田が首を動かすだけでリボンは別の生き物のようにゆらゆらと揺れた。照れたように頬を染めいくらか俯き幸村から目を逸らしている真田は、その様子にあからさまに眉をひそめているが気付かない。
 処女のように赤く染まっていく頬に、幸村の苛立ちが増す。しかし相変わらず真田は気付かなかった。
「今日はお前の誕生日だろう…?」
 なにを誇らしげに言っているのだこの男は。胸の内でぎりぎりと奥歯を噛みしめ幸村は、辛うじて平静を保った。
 ぴんと張り詰めた糸は、切れてしまえば真田の頭の上に乗ったものを掴んで、病室の窓から突き出すだけでも終わらないだろう。歯ぎしりをする度にその糸に切れ込みが入っていくのを感じる。
 ちなみに幸村の病室は、長期入院患者用で病棟の一番上にあった。長い闘病のあいだせめて窓からの景色を楽しめるようにという病院側の配慮だが、もちろんどの窓にも事故防止の為にストッパーがかけられていた。
 神の子幸村精市にそんなものが通用する筈もないが。しかし凡人に過ぎない真田はただでは済まないだろう。
「俺ではお前の好むものは分からないから、蓮二に相談したのだ。するとこれが一番いいというのでな…」
 どうだろう? と傾げた首からまんざらでもない眼差しを投げてきた真田は、張り付いたような笑顔を浮かべている幸村にようやく疑問を抱いたらしい。
 確かに幸村は人当たりもよく少女じみた外見と相まって優しげな性格に見られることが多かったが、少なくとも真田に対してそればかりというわけでもない。その厳しさも幸村に対して真田が抱く尊敬の念を強めることにしかならなかったが、この表情が違うことは流石に分かったらしい。
 たとえて言うなら嵐の前の静けさ、鬼の空念仏、作り笑顔の幸村。どれが恐ろしいと言って真田は最後が一番怖かった。
「ゆ…幸村?」
「柳はなんて言ったんだ、真田?」
 問い掛けを封じて、幸村は笑顔のまま真田にそう言葉をかけた。
 なにを自分は失敗したのだろうかと考えたが、真田に残された短い時間ではその答えを見付けることは難しい。
「真田?」
 ましてや幸村が急かすようにそう名前を呼んでくるのだ。慌てて真田は、柳とのやりとりを回想した。
 幸村の誕生日について、真田は何度か柳に相談しようと試みた。ひと月以上も前から試していて、しかしようやくそれが実を結んだのは昨日の部活が終わったあと、もう日もとっぷりと暮れてからだった。
 これでは今からプレゼントを買いに行くこともできない。そんな切迫したことも真田は柳に訴えた。
「なんだそんなことか」
「そんなこと?」
 柳の言いぐさに、真田はむと唇をへの字に曲げた。幸村に関わることを軽々しく扱われるのは、真田には耐え難いことだった。
 ましてや誕生日といえば年に一度しかない大事な日だ。大事な人の大事な日なのだから特別にしたいと思うのは当然の考えだろう。しかし特別にすると言って真田の頭ではろくな案が出てこない。その上幸村は今入院していた。沈みがちな幸村をすこしでも元気づけたいと、いくら考えてもどうすればいいのか皆目見当が付かない。
 だから仕方なく柳の知恵を借りようとしたのに、その言い草はなんだ。
 それが人にものを頼む態度かという不遜さでぐちぐちと真田がいう文句を、しばらくのあいだ柳は黙って聞いていた。いや拝聴していたと言うより右から左に聞き流していたというのが正しい。
 その証拠に部誌を書き終えノートを閉じてから、ようやく柳は口を開いた。
「そうだな。精市に相応しいプレゼントか」
「そうだ」
 当然だと頷いた真田に、柳は一つの提案をした。
 はじめに聞いたとき真田は我が耳を疑い、それから柳の頭を案じた。倒れた幸村を心配するあまり、柳まで心痛でおかしくなってしまったのではないか。
 まじまじと見詰める真田に、なにを驚くことがあると柳は逆に首を傾げた。
「精市とお前が好き合っていることは、自明の理、公然たる事実だろう」
「…そうだが……」
 そんな風に言われると照れる。頬を染めた真田には構わず、柳は更に言葉を継いだ。
「好きな者から貰えるのなら、どれも喜ばしいものだろう。ましてや好きな相手それ自体をプレゼントにするのだ。これ以上はない喜びの筈だ。違うか弦一郎?」
「…うむ」
「お前とて精市が身を任せてきて、自身をくれるなどといえば嬉しい限りではないのか?」「うむ」
「では精市も嬉しいに決まっているだろう」
「うむ!」
「リボン一つくらいはつけておけば、それで十二分なプレゼントなりえと思わないか、弦一郎」
「うむ、その通りだ蓮二!」
 松岡修造張りの無茶な説得に、真田は大きく頷き握り拳を作った。
 実際身を任せるのは真田でそれで言えばとうの昔に真田は幸村のものになっているのだが、あえて柳はその点には触れない。
「明日俺がリボンを持ってきてやる。お前は身一つで精市の元に向かい、そのリボンを見せてやればいい。精市ならそれだけで、お前の気持ちを分かってくれる筈だ」
「うむ! さすがだ蓮二。ありがとう!」
 という顛末を真田が語り終えたとき、幸村が豹変した。
 笑顔のまま真田に迫り、その頭についたリボンを掴んで揺さぶる。
「さ、な、だ」
 音一つ一つを区切るように言われ真田は顔色を失う。蛇に睨まれた蛙とはこういうことを言うのだ。
 揺らされた所為か震えているのか、がくがくと揺れ動く視界で真田は笑顔の幸村の向こうに走馬燈を見た。
「…お前、ほんっとうに頭悪いよなあ?」
「す、すまん幸村…!」
「まあいい」
 ぽいと唐突に放り出され真田は目を白黒させる。気が付くと幸村の病室前、廊下に真田は膝を付いていた。
 頭の上のリボンは少々ひしゃげているが、流石柳ほぼそのままの形を保ている。
「プレゼントはありがたくもらっておくよ。ありがとう真田」
「幸村…!」
 感極まって泣き出しそうな真田の前で、幸村はにっこりとこれ以上はない神々しい笑みを浮かべた。真田の背中を、暑くもないのに汗がしたたり落ちる。
 指の先で黒い帽子をくるりとまわし、更に笑みを深めた。
「お前が俺の大事なプレゼントだと言うことを証明する為に、今日はこのまま家に帰れ。
 ああ勿論、明日以降も俺の許しなくそのリボンを外すなよ。取れたら柳にでも直してもらえ」
「それは…?」
「帽子は預かっておく」
 明日取りにこいと言って、幸村は真田の鼻先でドアを閉めた。
 薄い扉の向こうからなんだか上擦った声が聞こえていたが、面会時間の終了を告げるチャイムが流れる頃には聞こえなくなった。



 その夜幸村は柳に電話をかけた。応対に出た柳の姉にどこで聞きつけたのか誕生日を祝われ、ついでに他愛のない世間話を一つふたつしてから柳に代わってもらう。
「おめでとう精市」
 すこし待って電話に出た柳も、まずそう言った。
 ありがとうとおざなりに答え幸村はすぐに本題に入る。病院の夜は早い。消灯時間以降、読書灯を点けるくらいは問題はなかったが、個室でのPHSの使用はあまり歓迎されていなかった。
 そうでなくても柳との話はわき道に逸れやすく長くなりやすい。会話を愉しむ分にはいいのだろうが、今はその余裕はなかった。
「真田のことだけど」
「喜んでくれたか?」
 笑みの混じる柳の声に憮然となる。見透かされているようで腹が立った。
 いい気になられては困るのだ。あの程度で満足したのかと思われるのは、幸村のプライドが許さなかった。実際、柳のことだ察しはついているのだろうが。
 それでも決して感謝などしてやるつもりはなかった、
「どうせアドバイスするなら、裸にリボンだけで来るようにくらい言いくるめておけよ。柳」
「断る」
 柳から返ってきた短い言葉に、幸村は抑えきれずに笑い声を被せた。
 電話のこちらと向こうで笑い声が重なったところで、病室のドアが開いてもう眠るよう促される。
 あと数時間で日付は変わって、幸村の誕生日はまた一年経たなければやってこないのだ。すこしくらい大目に見て欲しかった。

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